「私……、そんなことちっとも考えつかなかったよ。こんなにずっとそばにいたのに……」

「だって先輩は、こむぎちゃんに対してだけは素を出しているように見えたもの。何て言ったらいいのかな、私たちにはあった壁がこむぎちゃんに対してはなかったっていうか」

「そうなの?」

「うん。こむぎちゃんはきっと菓子先輩にとって特別なんだろうなって思って、それで最初は入部を断ったんだ」

「私が特別?」

 浅木先生も言っていたこと。当の私には実感がなかったんだけど、これだけ言われると信じたい気持ちにもなってくる。

「まあ、人って猫とか犬の前では素になるし。百瀬先輩の気持ちはなんとなく分かるな。小鳥遊さんの前で気を張っていても仕方ないとこあるよね」

「柚木さん、それはどういう意味かな」

 とうとう柚木さんにまでペット扱いである。きっ、と睨みつけても柚木さんはどこ吹く風だ。

「まあそれは冗談にしても、先輩のためにここまで必死になってる小鳥遊さん見てると、百瀬先輩が小鳥遊さんを大事に思う気持ちも分かるなって」

「それは……。だって、菓子先輩のほうが私に対して、もっとずっといろんなことしてくれたよ。これだけじゃ返せないくらい」

「うん。でもさ、そう思えることも、他人に対してこれだけ一生懸命になれるっていうのも、すごく貴重なことだと思うよ。あたしは人付き合いとか淡泊なほうだけど、小鳥遊さんたちの関係はなんかいいなって思える」

「そうだねえ。私、彼氏が同じことになっても、ここまで尽くせるか分からないなって思ったよ」

「あ~、御厨さんはのろけと男の話題禁止ね」

「なにそれ、ひどい」

 じゃれあっている二人を横目に、胸がぽかぽかとあたたかくなる。菓子先輩と出会えたことも、二人と出会えたことも、私にしては上出来の、とびっきりの奇跡。そんなふうに思えた。

「明日、頑張ろう」

 二人に聞こえないようにつぶやいた私の決心が、笑い声と混ざりながら夜の校舎に吸い込まれていった。