「あれ、菓子ちゃん、いらっしゃい。……と、もう一人は、お友達?」

「浅木(あさぎ)先生、お久しぶりです。ふふ、実は新入部員なんです」

「えっ、本当!?」

 聞こえてきたのが若い男性の声だったので、私はますます身を固くしてしまった。菓子先輩とやたら親しげなこの人は何者なんだろう。側まで近寄ってくる音がする。

「はじめまして、浅木真汐(ましお)です」

 挨拶をされてしまったので、観念して菓子先輩の後ろから顔を出す。

「小鳥遊こむぎです……」

「こむぎちゃん、浅木先生は以前料理部の顧問をしてくださっていたのよ。今は教師を退職されてこのお店を経営しているの」

 私の耳に菓子先輩の説明は届いていなかった。というのもこの浅木先生が、私の好みど真ん中のイケメンだったからである。

塩顔で優しそうで声も甘めという、こんな理想通りの王子様が現実にいたのか、という気持ちと、ああ自分は年上が好きだったのか……という妙に納得した思いが交錯していた。どうりで初恋がまだだったわけだ。

「こむぎちゃん、びっくりさせようと思って内緒にしていてごめんね? 大丈夫?」

「は、はい……!」

「教師は数年でやめてしまって、父から店を引き継いだからね。先生って呼んでもらえるほど大したことはしていないんだよね」

「何をおっしゃってるんですか! 先生が新採でいらっしゃった年は、部員の数が過去最高だったじゃないですか。私が二年に上がるときに退職されてから、なぜか部員は減ってしまいましたが……」

「なんでだろうね……」

「やっぱり先生の指導が良かったからじゃないでしょうか。なんたって今はプロですし」

 私には分かる。やめてしまった部員は全員、浅木先生目当てだったに違いない。