私は通学鞄に入れていたエプロンを着けると、菓子先輩に貸してもらったレシピ帳を開いた。

 思い出のキーマカレーのページ。昨夜気付いたことだが、菓子先輩はキーマカレーを部活で一度も作っていない。あれだけ大好物で、何度も作っていたはずなのに。もしかしたら、お母さんが亡くなってから作れなくなったのかもしれない。

 菓子先輩は「最後にお母さんが作ったキーマカレーを味わいたかった」と言っていた。もし菓子先輩が、そのことをずっと後悔しているとしたら――。

 うまくいくか分からない。けど、お母さんのキーマカレーの味を再現できたら、何かが変わるんじゃないかと思った。

 とりあえず、やれることはなんでもやってみよう。

 具材は、飴色になるまで炒めた玉ねぎ、フードプロセッサーでみじん切りにした人参、ひき肉。ひよこ豆をたっぷり入れるのも忘れずに。

 味付けは、トマト缶、コンソメ、カレー粉、スパイスいろいろ。それらをぐつぐつ、しばらく煮込めばできあがり。

 手順だけ並べると簡単そうに見えるけど、これがけっこう手間がかかる。ふつうのカレーに慣れていればなおさら。
 それに加えて菓子先輩のお母さんはナンまで作っていたそうだし、農作業に加えて毎日の食事にも手をかけるなんてすごいと思う。家族に少しでもおいしいものを食べさせたいという愛情を感じた。

 私には、部活で料理するようになって分かったことがある。みんなとわいわい料理するぶんには楽しいけど、それが毎日強制だとつらいということ。キッチンに一人きりで作業するのはわりと孤独を感じるということ。

 家族のために毎日おいしいごはんを作るのってすごいこと。私は結婚しても面倒くさがらずにそれができるかな。今から心配してもしょうがないけれど、叶うなら浅木先生みたいな料理上手な人と結婚したい。

 お鍋からはスパイスのいい香りがしてきた。ふたを開けると、いい感じにトマトや野菜の水分が出ている。う~ん、出来上がりまでもうちょっと。