「あの日……お母さんは私の好物のキーマカレーを作っていたの。このへんは田舎でインドカレー屋さんもなくて、私がどうしても本格的なインドカレーを食べたいってわがままを言って……。
 ナンも毎回手作りしてくれていたわ。パン生地を使って、フライパンでも作れるように工夫をして……」

 さっき見たレシピ帳に、キーマカレーもあった。そのページだけ他より汚れていたのは、菓子先輩の好物で何回も作っていたからなのだろう。

「辛いものを食べて胃を壊したことがあったから、ひよこ豆のたくさん入った辛すぎないキーマカレー……。コクと甘味があって、すごくおいしかった。
 お母さんが病院に運ばれたあと、手遅れと分かって私は一度家に帰ってきたわ。もう完成していたキーマカレーがお鍋にあって、私はそれをスプーンで一口味見してみた。まだ実感がわかなかったし、少しでもお母さんを近くに感じたかったのね。
 ……でも、そのときもう、私の舌は何の味も感じなくなっていた」

 胸が、苦しい。知っている事実でも、菓子先輩本人の口から聞くと余計に胸が締め付けられた。

「最初は何かの間違いで、すぐ治るのかと思ったのよ。でも、お母さんのお葬式が終わっても、初七日が終わっても治らなくて。
 まったくごはんを食べなくなった私を心配して、お父さんが病院に連れて行ったわ。そのときに心因性の味覚障害だと言われたの……」