「ただ、僕はそれだけじゃない気がしていた。大学の教育学部で児童心理を専攻していたから、もしかして心因性の病気が原因なんじゃないかと当たりをつけていた」
「それで詳しかったんですね……」
「ああ。でも、その年で教員をやめることは決定していたし、どこまで生徒の事情に踏み来んでいいのかずいぶん悩んだよ。結局僕は何もできないまま、桃園高校をやめてしまった」
そのときのことを思い出したのか、浅木先生はつらそうな顔をしていた。
「ずっとそのことが気がかりだったんだけど、お店をリニューアルオープンしてすぐ、菓子ちゃんが来てくれてね。そのあとも通ってきてくれるようになったんだ。これが約二年前、菓子ちゃんが二年生になってすぐのことだね」
私が入学する一年前から、二人の秘密の共有は始まっていたのか。
「僕は踏み込む決心をしたよ。菓子ちゃんの心因性の病気が僕の思っている通りだったら、カフェのマスターという立場を利用して助けになれるかもしれない。そう思ってあることを仕掛けることにしたんだ」
「あること……?」
「ああ。とってもいじわるなひっかけ問題を、菓子ちゃんに出したんだ。――こむぎちゃんは、ケークサレって分かる?」
「甘くないケーキですよね? パウンドケーキみたいな形の、おかずケーキ」
「そうだね。ナッツを入れて一見ふつうのパウンドケーキに見えるそれを、何も言わずに菓子ちゃんに出したんだ。試作品だから感想を聞かせてほしいって言ってね」
「それは……」
「だまし討ちみたいでひどいよね。でもそのときは他に方法が思いつかなかったんだ」
浅木先生が自嘲気味に微笑む。一年も一緒にいて何もできなかった私には、浅木先生のやり方を責めるなんてできない。
「それで詳しかったんですね……」
「ああ。でも、その年で教員をやめることは決定していたし、どこまで生徒の事情に踏み来んでいいのかずいぶん悩んだよ。結局僕は何もできないまま、桃園高校をやめてしまった」
そのときのことを思い出したのか、浅木先生はつらそうな顔をしていた。
「ずっとそのことが気がかりだったんだけど、お店をリニューアルオープンしてすぐ、菓子ちゃんが来てくれてね。そのあとも通ってきてくれるようになったんだ。これが約二年前、菓子ちゃんが二年生になってすぐのことだね」
私が入学する一年前から、二人の秘密の共有は始まっていたのか。
「僕は踏み込む決心をしたよ。菓子ちゃんの心因性の病気が僕の思っている通りだったら、カフェのマスターという立場を利用して助けになれるかもしれない。そう思ってあることを仕掛けることにしたんだ」
「あること……?」
「ああ。とってもいじわるなひっかけ問題を、菓子ちゃんに出したんだ。――こむぎちゃんは、ケークサレって分かる?」
「甘くないケーキですよね? パウンドケーキみたいな形の、おかずケーキ」
「そうだね。ナッツを入れて一見ふつうのパウンドケーキに見えるそれを、何も言わずに菓子ちゃんに出したんだ。試作品だから感想を聞かせてほしいって言ってね」
「それは……」
「だまし討ちみたいでひどいよね。でもそのときは他に方法が思いつかなかったんだ」
浅木先生が自嘲気味に微笑む。一年も一緒にいて何もできなかった私には、浅木先生のやり方を責めるなんてできない。