喉に嗚咽が渦巻いた。私は奥歯を強く噛み締めた。そうしていないと、いまにも泣き叫んでしまいそうだった。
聞くまでもなかった。
唯人は何も覚えていない。あれだけ一生懸命訴えたのに、昨日のことは完全になかったことになっている。
「リリはどこ行きたい?」
そう、悪気のない顔で聞く唯人に、気が遠くなりそうになった。
「なになに? 修学旅行の話?」
そこへ、智ちゃんたちが集まってきた。
「うん。自由行動の時間、どこに行こうかってリリと話してたんだ。みんなはどこに行きたい?」
「そりゃあもちろん、美術館でしょ」
すかさず答える智ちゃん。それに対して、沙恵ちゃんと和也くんが同時に「えーっ!」と不満たっぷりの声を上げた。
「私は渋谷でショッピングしたい」
「俺も渋谷がいい」
「やっぱ東京って言ったら、渋谷だよね」
「だよなーっ」
今度は唯人が「いやいや」と反論した。
「東京って言ったら、鹿公園でしょ。俺は鹿公園で鹿にせんべいあげたい!」
「……???」
一瞬、ぽかんとしたあと、沙恵ちゃんたちは顔を見合わせて笑い出した。