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7月31日。朝6時半。
街路樹が路面一面に明るい木漏れ日を落としていて、その中を信広さんの運転する車が走っていた。
助手席に私、後部座席に松下先生が座っている。
私は上半身をひねり、信広さんと先生の顔を交互に見た。
「おふたりとも、ありがとうございます。私のためにこんな朝早くから……」
「いえ」
ふたりは同時に首を振り、目尻を下げて歯を見せずに微笑んだ。どこか儚げな感じのする微笑み方がそっくりで、あぁ、やっぱり親子なんだな、と改めて思った。
続く言葉を待ったけれど、ふたりはそのまま口を閉ざして何も言わなかった。
私も黙って前に向き直った。顔を窓の方へ向け、流れる景色を目で追いかける。
本来なら、今日から旧校舎への立ち入りが禁止されるところを、松下先生が昨日校長先生に、取り壊し作業が始まる前に少しだけ校舎に入らせてほしい、と頼みにいってくれた。
おかげで特別に許可が下り、今日最後にもう一度だけ、あの教室に入れることになった。