ふいに、人の気配を感じた。教室の入り口に視線を向けると、信広さんがドアの前に立っていた。
「おかえりなさい。先生は?」
「母さんは仕事があるので、先に戻りました」
「そうですか」
「あの、凛々子さん」
信広さんはこちらに歩み寄ってくると、生真面目な顔で言った。
「俺に本当のことを話してもらえませんか」
「本当のこと?」
「さっきのあれ、ただのめまいじゃないですよね?」
「えっ……」
「実は梢田町に戻ってくる前、母さんから何度か電話で、凛々子さんのことについて相談を受けていました。凛々子さんはこの教室に入ると、クラスメイトたちを失った悲しみから幻覚を見てしまうって」
「私は幻覚なんて見ていません」
意識したつもりはないのに、“幻覚”、という部分を強調して言っていた。
「じゃあ……」
真摯な眼差しが私を貫いた。
「凛々子さんが“見ているもの”は何ですか?」
一瞬、蝉の声が止まった。辺りが海の底のように静かになった。信広さんの目は私を捕らえて離さない。