「やっぱり単なる水分不足でした。もう平気です」


私が明るく笑ってみせると、先生はほっとしたような溜め息を吐いた。


しかし信広さんはどこか釈然としない顔をしていた。


「ノブ、他の教室も見に行く?」

「…………」

「ノブ?」

「あっ、うん。そうしようかな」

「凛々子さんはどうする?」

「私はもう少しここにいてもいいですか?」

「えぇ、もちろんよ。じゃあ他の教室も全部回ったら、また戻ってくるわね」

「はい」


先生と信広さんは軽い会釈を残して教室を出ていった。


ふたりの話し声と足音が遠ざかっていき、完全に聞こえなくなると、外で鳴き続ける蝉の声が静寂を埋めた。


私は古びた教卓に腰をかけ、ぼんやりと教室の中を眺めた。


こうしていると、席に座ってお喋りしているみんなの姿が見えるような気がした。


みんなは確かにここにいた。この場所で肩を並べて授業を受け、机を囲んでお弁当を食べ、お喋りをし、声を揃えて笑った。


私は幸せだった。本当に幸せだった。あまりにも幸せすぎて、あの時間すべてが、本当は夢だったのではないかと思うほどに。