高校生活に慣れてきた頃には、私の周りにも新しい友達ができはじめていた。
みんな優しい人たちばかりで、そんな友達の喜ばしい話を聞くと、ついつい自分のことのように嬉しくなってしまう。
休み時間はクラスの友達と遊ぶこともあったけれど、同じぐらい生徒会室へ遊びに行くことも多かった。生徒会室にはオセロやUNOやトランプが置いてあって、それを使って役員のみんなで遊ぶことができたから。基本的に学校へボードゲームやカードゲームを持ってくることは禁止されているため、そんな中ひっそりと遊べることに、私は密かな背徳感を覚えていた。
先輩も生徒会室へ遊びに来ることが多くて、自然と私たちは学年を超えて仲を深めていた。出会った頃はオドオドした話し方をしていた先輩が、いつのまにか私に普通に話すことができるようになっていたのは、少し残念だった。けれどそれだけ先輩も私に気を許してくれているのだとわかって、ちょっと嬉しいと思った。
いつしか私は、先輩のような人になりたいと思いはじめていた。
周りをよく見渡すことができて、困っている人を助けることができる優しい人。真っ先に思い浮かんだのは、学校で働いている先生の姿だった。
私はいつのまにか、学校の先生になりたいと、そんなことを考えるようになっていた。そのために、私も少しは変わらなければいけない。先輩がしてくれたことを、私も誰かにしてあげることができれば、何かが変わるんじゃないかと、そう考えた。
そう考えると、私の世界は少しだけ広くなったように感じた。教室の隅で、いつも本を読んでいる女の子。体育の時間はいつもペアを作るときに余っていて、その度に悲しそうな表情を浮かべていた。決して同情したわけではないけれど、学校にいることが楽しそうじゃなかったから、そんなことはないんだよと教えてあげたかった。
だから私は、牧野遥香という女の子に話しかけた。
遥香は初めて会った時の先輩以上に、オドオドとした女の子だった。けれど何度も話しかけるうちに心を開いてくれたのか、次第に私に向けてくれる表情に笑顔が浮かんでいた。
無自覚だったけれど、私は遥香に対してよく先輩の話をしていたらしい。遥香は私の話す滝本悠という先輩のことが気になり始めたらしく、どんな人か実際に会って見てみたいと言った。だから私は快く彼女のお願いを聞いて、生徒会室へ遥香を連れて行った。
それから、しばらく後のことだ。遥香は顔を赤くさせながら、学校からの帰り道にあることを教えてくれた。
「私、先輩のことが好きになったかも……」
その言葉を聞いて、私の心は大きく揺らめいた。どうしてこんなにも動悸が激しいのか、さすがの私にもすぐに理解することができた。私も、先輩のことが好きだったのだと。
そう気付いた頃には、もう遅かった。一番の親友である遥香が、先輩のことを好きだと言ったから。私は、親友として遥香を応援してあげなきゃいけない。そうしなきゃ、遥香が悲しんでしまうから。
だから私は、私の気持ちを押し殺して、遥香に言った。
「応援するっ! 私に任せて!」
私がそう言うと、遥香はとても安心した表情を浮かべていた。
それからの私は、なるべく私たちが三人でいられるように働きかけた。遥香を生徒会室へ連れて行ったり、三人で学校から帰ったり。私はいつも、遥香が先輩と円滑に話をすることができるように、会話の橋渡し役に徹していた。仲睦まじげに話している二人を影から見守っていると、胸がチクリと痛んだけれど仕方がない。私は応援すると言ったのだから、今更前言を撤回することなんてできなかった。
これでよかったんだと、私は私に言い聞かせた。
そして、十一月五日。私の誕生日の日、先輩は生徒会室で二人きりになったタイミングを見計らって、私にプレゼントを渡してきた。そんなものを貰えるなんて予想もしていなかった私は、驚きつつも丁寧に包装されたそれを剥がしていく。
果たしてその中から現れたのは、赤色のマフラーだった。私はそのプレゼントが本当に嬉しくて、いつの間にか涙が溢れ出していた。
「これから冬になるから、水無月が凍えないようにと思って」
「嬉しいですっ……! 本当に、ありがとうございます!」
突然泣き出した私を、先輩はあたふたしながら慰めてくれる。この時ばかりは、私は遥香のことを忘れて、ただただ喜んでいた。
実際にその場で首に巻いてみると、とても暖かくて、ほんのり先輩の匂いがした。
そして先輩は、少し頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに教えてくれた。
「実はそれ、僕が編んだんだよ」
「えっ?!」
私は素直に驚いて、思わず大声を上げてしまう。そんな姿に、先輩はくすりと笑みをこぼした。
「実はマフラーを編んだり、服を作るのが好きなんだよ」
「え、すごいです……もしかして、服飾系の大学を目指してるんですか?」
その質問に、先輩はすぐに首を振った。
「ううん。家庭の事情で、それは無理なんだよ。母さんが、絶対に許してくれないから」
こんなにすごい才能を持っているなら、しかるべき場所で学んで仕事にするべきなのに。けれど家庭の事情というものは、なんとなく私にも理解できた。私の家庭も、両親が美術に関する仕事に就いていて、将来は私も美術系の仕事に就くことを期待されている。とりあえず高校は美術科へ入り、二年の終わりごろまでは、普通に歴史の授業を教える教師になりたいと考えていたが、ある時母にどこの美大を受けるつもりなのかを聞かれた。別に教師になって教える科目に、これといってこだわりがなかった私は、波風を立てないために地元の美大の名前を言った。美大へ入学して卒業するという進路は、すでに半ば強制的に決められていたのだろう。
私は絵を描くのが嫌いではなかったし、むしろ好きな方だからすんなりと受け入れることができたけれど、希望通りの道を進めないのは世間ではよくあることなのかもしれない。
それでも先輩には、服飾の道を進んでほしいと思った。けれど脳裏を遥香の姿がよぎり、私は我にかえる。結局私は、何も言うことができなかった。
先輩への気持ちは肥大していくばかりで、いつの日か溢れ出してしまうという予感があった。だから私は、遥香に早く告白をするべきだと背中を押した。何度目かの応援の末、ようやく遥香は先輩に告白をした。三人でいる時、二人は仲睦まじげに話していたから、きっと上手くいくのだろうなと思って、いい返事を楽しみに待っていた。
二人が一緒に歩く姿を想像して、思わず涙が溢れてきたけれど、それでも私は二人の幸せだけを願った。
けれど先輩は、遥香のことをフッてしまった。その事実に私はホッとしてしまったが、どうして先輩が思いを受け止めなかったのか、私にはその理由がさっぱりわからなかった。けれど、その理由は案外とすぐに、判明してしまった。
先輩は、私のことを好きでいてくれたのだ。
私は、その事実が嬉しくて、嬉しくて、だけど先輩の言葉を受け入れるわけにはいかなかった。遥香を応援すると決めたから。私が先輩と付き合えば、遥香が悲しんでしまう。それがわかっていたから、私は先輩のことを振ってしまった。
お互いに気まずくなってしまった先輩と私は、先輩が卒業するまでの間、事務的な会話しか交わすことができなくなっていた。
それでも先輩たちの会話は生徒会室にいれば、自然と耳に入ってくる。以前から、先輩は地元の国立大学に進学したいと話していた。だからその気になれば、いつでも会えると思っていた。
そんな淡い期待は、いつのまにか消え去っていた。先輩は、地元から遠い大学へ進学することを決めてしまったらしい。それを知って、私は焦った。先輩の気持ちを受け止めなかったくせに、遠くへ行ってしまうことを知ってしまった私は、ひどい焦燥感に駆られた。
それからすぐに、私は決心した。
先輩の通う大学の近くにある美大へ進学しようと。地元の美大と比べて倍率は高かったけれど、それでも私はめげずに精一杯努力をして、無事に目標の大学への合格を決めた。
大学へ入学した途端、私と遥香は疎遠になった。お互いに、新しい環境で忙しいということもあったのだろう。
私たちが高校を卒業するまで、遥香は先輩のことを諦めていなかった。けれど、さすがに環境がガラリと変わってしまったから、もう諦めたのだろうと、私はそんなことを思っていた。
私は先輩にまた会いたくて、どうすれば自然に会うことができるのかを考えていた。幸い通っている大学は知っていたけれど、なんの用事もないのにそこへ行くのは明らかにおかしい。そんなことを一ヶ月ほど考えていると、チャンスは向こうの方からやってきた。
先輩が、梓さんと一緒に美大へとやってきた。
みんな優しい人たちばかりで、そんな友達の喜ばしい話を聞くと、ついつい自分のことのように嬉しくなってしまう。
休み時間はクラスの友達と遊ぶこともあったけれど、同じぐらい生徒会室へ遊びに行くことも多かった。生徒会室にはオセロやUNOやトランプが置いてあって、それを使って役員のみんなで遊ぶことができたから。基本的に学校へボードゲームやカードゲームを持ってくることは禁止されているため、そんな中ひっそりと遊べることに、私は密かな背徳感を覚えていた。
先輩も生徒会室へ遊びに来ることが多くて、自然と私たちは学年を超えて仲を深めていた。出会った頃はオドオドした話し方をしていた先輩が、いつのまにか私に普通に話すことができるようになっていたのは、少し残念だった。けれどそれだけ先輩も私に気を許してくれているのだとわかって、ちょっと嬉しいと思った。
いつしか私は、先輩のような人になりたいと思いはじめていた。
周りをよく見渡すことができて、困っている人を助けることができる優しい人。真っ先に思い浮かんだのは、学校で働いている先生の姿だった。
私はいつのまにか、学校の先生になりたいと、そんなことを考えるようになっていた。そのために、私も少しは変わらなければいけない。先輩がしてくれたことを、私も誰かにしてあげることができれば、何かが変わるんじゃないかと、そう考えた。
そう考えると、私の世界は少しだけ広くなったように感じた。教室の隅で、いつも本を読んでいる女の子。体育の時間はいつもペアを作るときに余っていて、その度に悲しそうな表情を浮かべていた。決して同情したわけではないけれど、学校にいることが楽しそうじゃなかったから、そんなことはないんだよと教えてあげたかった。
だから私は、牧野遥香という女の子に話しかけた。
遥香は初めて会った時の先輩以上に、オドオドとした女の子だった。けれど何度も話しかけるうちに心を開いてくれたのか、次第に私に向けてくれる表情に笑顔が浮かんでいた。
無自覚だったけれど、私は遥香に対してよく先輩の話をしていたらしい。遥香は私の話す滝本悠という先輩のことが気になり始めたらしく、どんな人か実際に会って見てみたいと言った。だから私は快く彼女のお願いを聞いて、生徒会室へ遥香を連れて行った。
それから、しばらく後のことだ。遥香は顔を赤くさせながら、学校からの帰り道にあることを教えてくれた。
「私、先輩のことが好きになったかも……」
その言葉を聞いて、私の心は大きく揺らめいた。どうしてこんなにも動悸が激しいのか、さすがの私にもすぐに理解することができた。私も、先輩のことが好きだったのだと。
そう気付いた頃には、もう遅かった。一番の親友である遥香が、先輩のことを好きだと言ったから。私は、親友として遥香を応援してあげなきゃいけない。そうしなきゃ、遥香が悲しんでしまうから。
だから私は、私の気持ちを押し殺して、遥香に言った。
「応援するっ! 私に任せて!」
私がそう言うと、遥香はとても安心した表情を浮かべていた。
それからの私は、なるべく私たちが三人でいられるように働きかけた。遥香を生徒会室へ連れて行ったり、三人で学校から帰ったり。私はいつも、遥香が先輩と円滑に話をすることができるように、会話の橋渡し役に徹していた。仲睦まじげに話している二人を影から見守っていると、胸がチクリと痛んだけれど仕方がない。私は応援すると言ったのだから、今更前言を撤回することなんてできなかった。
これでよかったんだと、私は私に言い聞かせた。
そして、十一月五日。私の誕生日の日、先輩は生徒会室で二人きりになったタイミングを見計らって、私にプレゼントを渡してきた。そんなものを貰えるなんて予想もしていなかった私は、驚きつつも丁寧に包装されたそれを剥がしていく。
果たしてその中から現れたのは、赤色のマフラーだった。私はそのプレゼントが本当に嬉しくて、いつの間にか涙が溢れ出していた。
「これから冬になるから、水無月が凍えないようにと思って」
「嬉しいですっ……! 本当に、ありがとうございます!」
突然泣き出した私を、先輩はあたふたしながら慰めてくれる。この時ばかりは、私は遥香のことを忘れて、ただただ喜んでいた。
実際にその場で首に巻いてみると、とても暖かくて、ほんのり先輩の匂いがした。
そして先輩は、少し頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに教えてくれた。
「実はそれ、僕が編んだんだよ」
「えっ?!」
私は素直に驚いて、思わず大声を上げてしまう。そんな姿に、先輩はくすりと笑みをこぼした。
「実はマフラーを編んだり、服を作るのが好きなんだよ」
「え、すごいです……もしかして、服飾系の大学を目指してるんですか?」
その質問に、先輩はすぐに首を振った。
「ううん。家庭の事情で、それは無理なんだよ。母さんが、絶対に許してくれないから」
こんなにすごい才能を持っているなら、しかるべき場所で学んで仕事にするべきなのに。けれど家庭の事情というものは、なんとなく私にも理解できた。私の家庭も、両親が美術に関する仕事に就いていて、将来は私も美術系の仕事に就くことを期待されている。とりあえず高校は美術科へ入り、二年の終わりごろまでは、普通に歴史の授業を教える教師になりたいと考えていたが、ある時母にどこの美大を受けるつもりなのかを聞かれた。別に教師になって教える科目に、これといってこだわりがなかった私は、波風を立てないために地元の美大の名前を言った。美大へ入学して卒業するという進路は、すでに半ば強制的に決められていたのだろう。
私は絵を描くのが嫌いではなかったし、むしろ好きな方だからすんなりと受け入れることができたけれど、希望通りの道を進めないのは世間ではよくあることなのかもしれない。
それでも先輩には、服飾の道を進んでほしいと思った。けれど脳裏を遥香の姿がよぎり、私は我にかえる。結局私は、何も言うことができなかった。
先輩への気持ちは肥大していくばかりで、いつの日か溢れ出してしまうという予感があった。だから私は、遥香に早く告白をするべきだと背中を押した。何度目かの応援の末、ようやく遥香は先輩に告白をした。三人でいる時、二人は仲睦まじげに話していたから、きっと上手くいくのだろうなと思って、いい返事を楽しみに待っていた。
二人が一緒に歩く姿を想像して、思わず涙が溢れてきたけれど、それでも私は二人の幸せだけを願った。
けれど先輩は、遥香のことをフッてしまった。その事実に私はホッとしてしまったが、どうして先輩が思いを受け止めなかったのか、私にはその理由がさっぱりわからなかった。けれど、その理由は案外とすぐに、判明してしまった。
先輩は、私のことを好きでいてくれたのだ。
私は、その事実が嬉しくて、嬉しくて、だけど先輩の言葉を受け入れるわけにはいかなかった。遥香を応援すると決めたから。私が先輩と付き合えば、遥香が悲しんでしまう。それがわかっていたから、私は先輩のことを振ってしまった。
お互いに気まずくなってしまった先輩と私は、先輩が卒業するまでの間、事務的な会話しか交わすことができなくなっていた。
それでも先輩たちの会話は生徒会室にいれば、自然と耳に入ってくる。以前から、先輩は地元の国立大学に進学したいと話していた。だからその気になれば、いつでも会えると思っていた。
そんな淡い期待は、いつのまにか消え去っていた。先輩は、地元から遠い大学へ進学することを決めてしまったらしい。それを知って、私は焦った。先輩の気持ちを受け止めなかったくせに、遠くへ行ってしまうことを知ってしまった私は、ひどい焦燥感に駆られた。
それからすぐに、私は決心した。
先輩の通う大学の近くにある美大へ進学しようと。地元の美大と比べて倍率は高かったけれど、それでも私はめげずに精一杯努力をして、無事に目標の大学への合格を決めた。
大学へ入学した途端、私と遥香は疎遠になった。お互いに、新しい環境で忙しいということもあったのだろう。
私たちが高校を卒業するまで、遥香は先輩のことを諦めていなかった。けれど、さすがに環境がガラリと変わってしまったから、もう諦めたのだろうと、私はそんなことを思っていた。
私は先輩にまた会いたくて、どうすれば自然に会うことができるのかを考えていた。幸い通っている大学は知っていたけれど、なんの用事もないのにそこへ行くのは明らかにおかしい。そんなことを一ヶ月ほど考えていると、チャンスは向こうの方からやってきた。
先輩が、梓さんと一緒に美大へとやってきた。