ずっと絵を描いているだけじゃ、精神的に持つはずがない。だから何時間か経てば一度筆を置いて、休憩と称してたわいのない雑談を梓と交わすことが多くある。絵を描いているときは苦しそうにしている彼女も、僕と話をしているときだけは、笑顔を見せてくれた。

 時には休憩の方が長い日もあったり、ほとんど手が進まない時もあったが、ゆっくりと着実に完成へと近付いていた。けれど、残された時間は後二日。

 素人目で見れば、もう完成でもいいんじゃないかと思うが、それでも梓は筆を握っている。ということは、まだ完成はしていない。そもそも絵に完成なんてものはなく、筆を置くのは描いている人のさじ加減で決まってしまう。それを妥協したとすれば、おそらく審査をする教授にはすぐに見抜かれてしまうだろう。

 刻限が迫れば迫るほど、梓の中で焦りが膨らんでくる。だからここは一度、息抜きが必要なんじゃないかと思った。落ち着いた気持ちで、絵を描けるように。

「梓、そろそろお昼を食べに行こうよ」

 僕の言葉で、梓はキャンバスから目を離す。そして描きかけの絵と、僕とを順番に見つめた。

「あとちょっとだからさ、最後の気分転換。残りの時間を頑張るために、ちょっと贅沢するのもいいかと思って。お寿司とか、どう?」

 贅沢とお寿司という言葉に、梓は大きく反応した。最近の食事はいつも、お弁当屋の弁当か近場のファミレスだったから、余計に魅力を感じてしまうのだろう。

 しばらく迷った末に、梓はコクリと頷いた。

 普段絵を描くときは、絵の具が付着してもいいように作業着を着ているため、梓は外へ出るために着替えなければいけない。ついでにお風呂に入りたいと言ったため、僕は部屋の中から外へと出た。

 三十分ほどアパートの前でスマホを触りながら時間を潰していると、袖がヒラヒラした白のブラウスに、紺色のスカートをはいた梓が玄関から出てくる。ポニーテールにまとめられていた髪は、ハーフアップに変わっていた。お風呂上がりだからなのか、頬はほんのりと上気している。

「ごめん、ちょっと遅れちゃった……」
「僕の方こそ、せっかく久しぶりに出かけるのに、こんな服装でごめん」

 気合の入れている梓とは違って、僕の服装はジーパンに白のTシャツという簡素なものだった。

「ううん。悠くんと出かけられるだけで、私は嬉しいから」

 ふにゃりと笑いかけられて、僕は高校生のようにドギマギしてしまった。いい加減慣れないと、また荒井さんや水無月に高校生みたいな恋愛をするなと言われてしまう。

 だから僕は精一杯大人ぶって、「ありがとう」と言い微笑んだ。