美大での合評会は一年間のうち、五月中ば、夏休み前、夏休み明け、一月末の四回行われる。そのため夏休み前の合評会が終わっても、梓はすぐに夏休み明けに提出する絵の作成に取り掛からなければならない。

 僕らは、アルバイトのシフトが被っていない休みの日を使って、少し遠出をしていた。運転席に座り運転をしている僕と、助手席に座る梓の腕には、もちろんお揃いの腕時計が巻かれている。

 畑道を走り続けていると、やがて一面黄色に覆われたひまわり畑が見えてきた。梓は助手席の窓を全開に開けて、身を乗り出すようにその光景を眺めている。

「すっごい綺麗ですよ!」
「こんなにひまわり咲いてるの、初めて見たよ」
「私も初めて見ました!」

 子どもみたいにはしゃぐ彼女の姿を見て、僕は思わず笑みをこぼす。風に吹かれて、ハーフアップにまとめられている髪がサラサラとなびいていた。

「危ないから、あんまり身を乗り出さないでね」
「はーい」

 そんな梓の首からは、一眼レフのカメラが下げられている。美大の入学祝いでご両親がプレゼントしてくれたらしく、これでいっぱい写真を撮って絵を描いてほしいと言われたそうだ。今日はそのカメラを使って、夏休み明けの合評会で描く、ひまわりの写真を撮りに来ている。彼女は早くもひまわりにカメラを向けて、シャッターを切っていた。それからこちらを向いて、またシャッターを押す。

「僕は撮らなくていいんじゃない?」
「遊びに来た記念ですから。部屋に飾っておきます」

 僕は苦笑するが、同時に恥ずかしくもあった。今撮った写真は、どんな表情を浮かべていたのだろう。気の抜けた表情をしている僕の写真が梓の部屋に飾られるかもしれないと考えると、とても恥ずかしい。

「すごいかっこよく撮れてるので、安心してください」
「どうあがいても、僕をかっこよく撮るなんて無理でしょ」
「えー、かっこいいですよ。悠くんは自信持ってください」

 自信を持ってと言われても、今まで誰かにかっこいいと言われたことがない。きっと梓は浮かれているから、かっこいいと思っているのだろう。でも彼女にそう言われて、悪い気はしなかった。

 それから駐車場に車を止めて外へ出ると、花の香りが鼻腔を通り抜けた。蝉の鳴き声と花の香りと、照りつける太陽の光。こんな田舎へやってくると、五感で夏を感じられる。

 梓は、ドリンクやソフトクリームを販売している売店を見つけると、僕の手を掴んで真っ先にそちらへ向かった。

「写真、撮らなくていいの?」
「まずは甘いものからです! なんとなく、お腹空いたので!」

 梓がそう言うならばと、僕は従う。二人分のソフトクリームを買って、近くのベンチに座りそれを食べる。一口目を食べた瞬間、甘い牛乳の味が口内に広がった。

「美味しい!」

 彼女は嬉しそうに、ソフトクリームを食べた感想を口にする。笑顔の彼女を見ていると、夏の暑さなんてどうでもよくなってしまう。

 僕はふと思いつき、スマホを取り出してソフトクリームを食べる彼女に向けた。意図を察してくれたのか、梓はすぐに中指と人差し指を使ってピースをしてくれる。そんな彼女の笑顔が、写真となってスマホの中へと保存された。

 それから僕の隣へとやってきて、自分のスマホのカメラを起動させ、こちらへ寄りかかってくる。彼女の甘い匂いがすぐそばで漂い、思わずどきりとした。

「ほら、笑ってください」

 梓はそういって、ツーショット写真を撮る。

 上手く、笑えたのだろうか。自信がなかったけれど、撮り終えた写真を彼女は確認して、満足そうな笑みを浮かべた。

「上手く撮れてた?」
「はい、とっても」

 梓がそう言うならと、僕は安心する。

 それから彼女はスプーンで自分のソフトクリームをすくって、僕の口元へ近付けてきた。びっくりして後ずさりしそうになるが、それより先にスプーンが口の中へ突っ込まれて、甘い味が口の中に広がる。

 不意にされたその行為に、僕は気恥ずかしさを覚える。対して彼女は年上の余裕というものがあるのか、戸惑っていた僕を見てけらけらと笑った。

「今の、恋人っぽかったですね!」
「心臓に悪いから、事前にやるって言ってよ……」
「事前に言っちゃったら、悠くんは驚かないじゃないですか」

 僕はムッとして、仕返しとばかりに梓と同じことをする。しかし僕みたいに驚いたりはせず、嬉しそうにスプーンを加えてアイスを食べた。

「食べさせてもらった方が、美味しく感じますね」

 にこりと笑う梓を見て、確かに食べさせてもらった方が、美味しく感じるなと思った。