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 彼の寝息が聞こえてきた頃、私は恐る恐る目を開けた。月明かりを頼りに滝本くんを見ると、うつらうつらと舟を漕いでいる。彼が眠ることを期待して寝たフリをしていた私は、きっとずるい女の子なんだろう。

 まだ頭痛は治まっていなかったけれど、一度吐き出してしまった時点で、完全に酔いは覚めていた。だから滝本くんに泊まって欲しいと言ったのは、ただの私のわがままだ。

 中学高校と、あまり男性と触れ合ってこなかった私は、男性と話すと変に萎縮してしまう。けれど滝本くんと話すときだけそんなことはなくて、代わりに変に胸がドキドキして、それがおさまってはくれない。初めて感じる、不思議な気持ちだった。

 焼き鳥屋さんで、何年も片思いをしている人がいると聞いたときは、胸が張り裂けそうになる程痛くなった。きっと滝本くんは、今でもその人のことが好きなのだろう。

 諦めたほうがいいのかなと聞かれた時、私の心は二つに揺れた。

 思いを伝え続ければ、いつか相手もわかってくれる日が来る。だから、諦めたらダメだよ。

 滝本くんが傷付き続けるだけだから、もう新しい恋を見つけようよ。そんなことを言ったら、彼は私の方へ振り向いてくれたのだろうか。

 分かっていた。この複雑な気持ちが恋というものなのだと、私はぼんやりと理解できていた。だから、彼の気持ちを誘導するような真似をすることが、私は出来なかった。結局私は、滝本くんの気持ちを決めてしまうのが怖くて、判断を彼にすべて任せてしまった。

 明確な夢が無いのに美大へ通っている私のことをどう思っているのか、知ってしまうのが怖い。それに私は彼に、一つだけ話していないことがある。もしそれを彼に話してしまったら、嫌われてしまうかもしれない。

 けれど、いつかは彼にも知られてしまうのだろう。そんな日が来ることが、怖かった。

 私は起き上がって、滝本くんの肩に毛布をかぶせてあげる。そして顔を覗き込むと、それだけで心臓の鼓動が早まってしまった。

 私は彼の頬に手を添えた。もしかすると、起きてしまうかもしれない。けれど自分の本当の気持ちを、押さえつけておくことなんてできなかった。

 そのまま私も目をつぶり、彼の顔に近付ける。唇と唇が触れ合った時、優しい気持ちが体中を駆け巡る。

 私は彼に、どうしようもないほど恋をしているのだと、深く理解した。

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