焼き鳥屋に到着して入り口のドアを開けると、肉の焼ける香ばしい匂いが鼻の奥を通り抜けた。それだけで疲れていた体が食を求め、お腹がくーっと小さくなってしまう。その音が聞こえていたのであろう多岐川さんは、僕を見てくすりと微笑んだ。

 店員さんに奥のテーブル席に案内され、そちらへ向かう。テーブル席は個室になっていて、周りの客に相談事を聞かれる心配はなさそうだった。こういうところも、気を使ってくれたのだろうかとふと思う。

 多岐川さんはテーブルの上に置いてあるタブレットを手に取り、慣れた手つきでそれをタップしていく。どうやらそれで注文するようだ。

「ここ、よく来るの?」
「はい。渚ちゃんとよく来ますね」
「荒井さんとは長いの?」
「大学一年の春に、ほぼ同じタイミングで入ったんですよ。戦友みたいなものです」

 アルバイト仲間を戦友と表現したのが面白くて、僕は小さく微笑む。彼女は僕にも見えるように、タブレットをこちらへ傾けてくれた。

「初めての方にオススメなのはカシスオレンジなんですけど、スクリュードライバーもいいかもしれませんね。カルーアミルクも、甘くて美味しいですよ」
「えっ、スクリュ……なに? カルーアミルク……?」

 お酒の知識が全くと言っていいほどない僕は、突然飛び出した専門用語に首をかしげる。

「スクリュードライバーはウォッカをオレンジジュースで割った飲み物で、カルーアミルクはコーヒー牛乳みたいなものですよ」
「あっ、じゃあカルーアミルクで……」

 僕は、コーヒー牛乳みたいなものと評した多岐川さんを信じることにした。彼女は僕の選んだカルーアミルクと、カシスオレンジをタップする。それから嫌いな食べ物を聞いてきて、何もないと答えると、もも串やぼんじり、つくねをポンポン次々タップしていった。そして注文ボタンを押す前に、多岐川さんは言った。

「あ、これ今日のお会計全部私が持ちますので。滝本さんも遠慮せずに注文してくださって構いませんよ」
「えっ?!」

 僕は思わず、驚いた声を上げてしまった。

「いやいやいや、僕が奢るって。これって僕の話を聞いてもらう会……みたいなものだよね?」
「それはそうですけど、誘ったのは私ですから」

 そう言うと、多岐川さんは注文ボタンをタップしまった。その一動作で、一体いくらのお金がかかったのか、僕は値段をあまり注視していなかったから分からない。

 彼女は慌てふためく僕を見て、笑顔を作った。

「助けてくださったお礼と、滝本さんのアルバイト歓迎祝いということで、今日は奢られてください」
「……わかったよ」

 素直に頷いておいたが、会計の時は何としてでも僕が払うか、せめて割り勘にしてもらおうと心に誓った。

 程なくして注文した焼き鳥とお酒がやってきて、テーブルの上は一気に賑やかになる。彼女がカシスオレンジというお酒の入ったグラスを上に掲げたから、僕はカルーアミルクの入ったグラスを多岐川さんのグラスにぶつけた。

「乾杯!」

 元気よく彼女がそう言うと、すぐにゴクゴクと飲み始め、グラスの中のお酒は半分ほどまでに減っていた。僕は思わずハッとして、多岐川さんに質問を投げる。

「多岐川さんって、誕生日いつ?」
「へ?」

 すでに若干顔を赤くさせている多岐川さんは、人差し指を唇の下に当てて考える仕草を取った。自分の誕生日なんて、考える必要もないだろうに。

 たっぷり思考をした後、多岐川さんは答えた。

「十一月の二十四日ですよー」
「あぁ……」

 それならまだ未成年じゃないか。そう気付いた頃には、もう遅かった。僕は小声で彼女に伝える。

「お酒、まだ飲めないんじゃん」

 酔っているのか多岐川さんは首をかしげたが、すぐに納得した表情に変わり、クスクスと微笑んだ。まあ、もう大学生だから、バレなければ問題はないだろう。僕は成人しているから、別にお酒を飲んでも何の問題もない。グラスを口につけて、おずおずと傾けていく。そして、初めてお酒というものを口の中に含んだ。

「あ、美味しい……」

 若干口の中にアルコールの不快感があるが、それは間違いなくコーヒー牛乳の味だった。体が少し火照り始めた気がするけれど、これはお酒の効果なのだろう。初めて感じる不思議な感覚に、僕はしばしの間浸っていた。

「美味しいですか?」
「うん、これすごく美味しいよ」
「それならよかったです!」

 多岐川さんはそう言って、ニコニコと微笑んでいる。先程から全く笑みを崩していなくて……もしかして、本当に酔っているのだろうか。グラスのたった半分で?

「もしかして、酔ってる?」
「えっ、全然酔ってなんかいませんよー」

 くすりと微笑む多岐川さん。彼女がそう言うなら、おそらく僕の勘違いだ。彼女はつくねに手を伸ばしながら、今日の会の本題を切り出した。