綾坂彩はキャスター付きの大きなスーツケースをゴロゴロと引きずりながら、見たこともない田舎町の景色を歩く。

 あらかじめ東雲紫乃に麻倉朝陽の住んでいる場所を訊ねたが、彼女は彼の家の場所を知ってはいなかった。どうやら彼女は、彼の家にお邪魔したことはないらしい。

 そのため県と市名しか情報がなく、本当にこの田舎町に朝陽が住んでいるのかは定かでない。数泊出来るお金と着替えは持ってきたため、しばらくは探し回ることができるが、そんなに悠長に探し回れるほどの余裕はない。

 彩はなるべく人の多い地域へ向かい、周辺を歩く同世代の人間を呼び止めては声をかけるということを繰り返した。しかしそれは何度も空振りに終わり、お昼が来たため近くの喫茶店にとりあえず腰を落ち着ける。

 店員にアイスコーヒーとサンドイッチを注文して受け取った後、スマホを開いてメールを見る。

 昨日も確認した紫乃からのメールをもう一度開く。そこには彩への感謝の言葉が綴られていて、最後に、『本当に申し訳ないけどお願いします』と添えられていた。

 いつものように現状報告のメールを打ち終わった彩は、スマホを待機モードに落としてポケットにしまう。それからアイスコーヒーを飲みつつサンドイッチを食べて、もう一度麻倉朝陽探しを再開させた。

「それにしても、暑い……」

 一応彩は日除けの麦わら帽子をかぶってきたが、それでも暑いことには変わりがない。額から汗が吹き出してきて、ハンカチでそれを拭った。休みながら探さないと先に自分の限界が来てしまうと思い、彩は公園を見つけてはベンチに座り休憩をする。

 暑さでうなだれているとき、公園の外の道を歩いている制服姿の男を見つけた。正直今は動きたくもないぐらい疲れているが、もしあの人が麻倉朝陽だったらと考えると、自然と重たい腰は持ち上がっていた。

 公園の外を歩く彼へと近付く。

「あのー、ちょっと話を伺ってもいいですか?」
「はい?」

 彼は一瞬首を傾げるが、すぐに姿勢をピンと正す。おそらく彩の容姿に驚いたのだろう。彼女は外を歩けば、多くの目を惹きつけるほどの綺麗な容姿を持っている。

 つまり彼はそんな美少女に話しかけられて緊張しているのだ。

「あ、え、なんですか……?」
「実は、麻倉朝陽くんという方を探していまして」
「え、麻倉朝陽?」

 彼は文字通り目を丸める。

 これは良い結果が得られそうだなと思い、彩の疲れが和らいでいった。しかし何やら事情があるらしく、彼は渋い表情を浮かべる。

「あの、実は朝陽のやつ、小学生の時に引っ越したんですよ……」