時間は夜の10時。

私の部屋として使っている場所は物置部屋だったらしく、壁には湿気でできたシミがある。

最初は少しカビくさかったけれど、あの家に比べたら贅沢なほどの環境。物音に怯えることもないし、ちゃんとしたベッドもあるから寝ていても身体は痛くない。


窓を開けると、爽やかな夜風が私の髪の毛を揺らした。

耳をすますと聞こえてくる鈴虫の声。それに重なって、おばあちゃんの部屋のドアが閉まる音がした。


私は暫く様子を伺って、おばあちゃんが寝静まったタイミングで玄関に向かう。そしてビーチサンダルを履いて、そっと外に出た。


日中の暑さは和らいで、長袖でもちょうどいいぐらい気温になっていた。

ビーチサンダルは少しサイズが大きくて歩くたびにザッザッと足音がする。

人目が気にならない夜は不思議と気分がよくて、コンクリートを擦る音も耳障りじゃない。


私は住宅地を抜けて、急斜面になっている階段を手すりに頼りながら下る。

地面に足を着けた頃にはコンクリートではなく砂浜になっていて、目の前には心地いい波の音。


この街には海がある。

離岸流(りがんりゅう)が多くて海水浴場にはなっていないけれど、立ち入り禁止ではないから私は毎晩夜の海に来ていた。


私はゆっくりと砂浜に腰を下ろして膝を抱える。黒い波が押し寄せては引いていき、砂をさらってはまた戻しに帰ってくる。

そんな波の音を聞いていると、何故か心が妙に落ち着く。