「ハア……ハア……ッ」

私は無我夢中で走り続けた。後ろから黒いものに追われているような感覚。

太陽が照りつけているコンクリートからはジリジリと陽炎が浮かんでいた。ものすごく気温が高いはずなのに汗が一滴も出ない。

頭で繰り返し流れているのは、私を締め付けるような映像や言葉ばかり。


『お前なんていらない』

『子どもなんて生まなきゃよかった』

あれだけ厄介者にしたくせに、なんでまた私の前に現れようとするの?


『痛いのは一瞬だけだ』

どこかで焦げた匂いがする。ズキズキと身体中の傷痕が暴れだすように痛い。


『近すぎて分からないことってあるでしょ?離れてみてお互いに反省するところとか、至らなかったところとか、そういうのをこれを機会に話し合うこともサユには必要なんじゃないかって思うのよ』

うるさい、うるさい、もう黙って!


「……うっ……」

急に気持ち悪くなって、私は電柱の下にしゃがみこむ。


私も味方なんて、どこにもいない。
私はどこにいっても、ひとりぼっち。

助けて、助けて、誰か助けて――。



「おい、大丈夫か?」

その瞬間、背中から大きな手の感触がした。

低い声に広い肩幅。大嫌いな男のはずなのに、恐怖心が生まれない。


「お前、顔真っ青じゃん」

私と同じ目線になり、心配するように顔を覗きこんでくる姿。


ああ、やっぱりきみは私のヒーローだね。

きみに触れられてる部分から体温が戻ってくる。みんな私のことを傷つけるのに、きみの手は優しいから私を傷つけないって分かる。


「……ヒ、ロ」 

名前を呼んだのと同時に身体に力が入らなくなって、ヒロの顔がぼんやりとしか見えなくなってしまった。