せっかく現実で少しだけ変化があったのに、その日見た夢が私の心を元の場所へと戻す。
ニヤニヤした顔でタバコを口にくわえながら近づいてくる男。部屋の隅まで後退りしても壁が邪魔をして逃げ場を塞ぐ。
『痛いのは一瞬だけだ』
そして男は私の身体にタバコの火を押しつけた。
ジュッと焦げ臭い匂いがしたあとは、ヒリヒリとした痛みが広がって、皮膚が赤紫色に変色する。
そんな私を母は見ているだけで、手当てをするどころか『今日はなにを食べたい?』と、男に晩ごはんのことを聞く。
悔しくて痛いはずなのに、涙が枯れたように出ない。
こんな生活するぐらいなら、ベランダから飛び降りようと何度も思った。
でも私がいなくなっても、この人たちの人生が変わるわけでもなく、むしろ邪魔者がいなくなったと喜ぶだけだと思ったら、そんな気持ちすら消えてしまった。
部屋の窓から見えた空は清々しいほどの青空で、鳥が優雅に飛んでいた。
どうして空はあんなに遠いんだろう。
私も生まれ変わったら鳥になりたい。そんなことを毎日考えた5年間だった。
「……っ」
夜中に目が覚めた私は必死で涙声を抑えていた。
ベッドに横になりながら、小さい子どものように身体を丸くする。夢の続きのように、傷痕がヒリヒリと疼く。
『痛いのは一瞬だけだ』
たしかに痛さはほんの3秒ほどだった。あとは水ぶくれのようになり、表面の皮が一枚めくれるだけ。
でもなんでかな。
一瞬だったはずなのに、今もこうして涙が出るほど痛いのは。
夜中に目が覚めると、いつもこうだ。
火傷や打撲、繰り返し殴られた痕跡たちが悲鳴を上げてるみたいに騒ぎ出す。
〝大丈夫、大丈夫〟
そうやって自分で言い聞かせて、なんとか痛さを押さえ込む。やっと落ち着いた頃にはカーテンの外は明るくなっていた。