信号が赤から青に変わると、横断歩道を一斉に人が渡り始める。
海中で群れをなし優雅に泳ぐ魚のように、駅に向かって。
あるいは、それぞれの目的地を目指して。
私もその中に紛れ、白い息を吐きながら家路を急ぐ。
「苺のショートケーキはいかがですかー?」
今夜はクリスマスイブ。
街は今年も煌びやかに飾られ賑わっていて、行き交う人達の表情もどこか明るい。
見上げた夜空に瞬いているはずの星々は、煌々とした街明かりが姿を隠してしまってよく見えない。
イルミネーションも綺麗だけど、やっぱり星空が見たいなと、私はまた白い吐息を冬の空気に溶かした。
予渼ノ島から帰ってきて、もうすぐ一年。
受験シーズン真っ只中の私は、バイトの出勤日数を減らして代わりに図書館に通っている。
高校を卒業したら島に引っ越してみなか屋で働きたい。
強くあったその気持ちは変わることなく胸にあるけれど、みなか屋でお世話になるなら役立つ資格を持つべきだとの母の勧めで、私は調理師を目指すことにした。
専門学校に一年通い、調理師の資格を得てからみなか屋で働く。
夏に一度、女将さんが結婚式に出席するとかで東京まで出てきたことがあり、その時に母を交えて会い、その話もしてある。
『八雲も楽しみに待ってるよ』
もちろん私もねと言ってくれた女将さんが、相変わらず陽だまりのように温かい笑みを浮かべてくれたのを思い出してほっこりしていると、鞄の中でスマホが震えた。
肩にかけた大きめのトートバッグに手を突っ込んでスマホを確認すると、友人たちとのグループチャットの通知だ。
明日のクリスマスパーティーについての会話が進んでいて、私も時折それに参加しながら、駅に向かって歩いた。
予渼ノ島から帰って、春を迎え、三年生になって。
今では友達がたくさん……とまではいかないけれど、以前よりも付き合いは増え、それなりに気の合う友人たちと毎日を過ごすことができている。
もちろん、人見知りがなくなったわけじゃない。
でも、それでもいいのだと思えるようになり、今は自分なりの距離感を保ちつつ、不必要に怖がることをしないように心がけている。
そのおかげか、気づけばいつのまにか学校の中にも自分の居場所ができて、朋美がいなくてもひとりでいる時間はなくなった。
今の私を見たら、ナギは喜んでくれるだろうか。
電車に揺られ、手すりに掴まりながら車窓の向こう眺めて、そういえばと昨夜ヒロからもらったメールを思い出した。
『クリスマスプレゼント送るから、明日楽しみにしてろよ』
まさか贈り物をしてもらえるとは思わず、何も用意してない私は焦って私からも何か送るよと欲しいものを聞いたんだけど……。
結局、いらないと断られてしまった。
そうは言われてもお返しはしたい。
とりあえず今頃家に送られているだろうプレゼントを見て返す品物を考えよう。
何かお返しのヒントになるように会話はあっただろうかと、彼とのチャットルームを遡っていると、先月の会話が目に止まった。
ナギの意識はまだ戻らず眠ったままだという内容のものを。
でも、危ない状態になることはあれ以来一度もないらしく。
『あいつ、神社のこととか面倒で起きたくないんじゃないのか』
冗談交じりにヒロが言っていたのを見て、私はそっと口元を綻ばせた。
目覚める保証も、死なない保証もない。
御霊還りの社で、ナギはそう話した。
でも、生きたいとも言っていた。
だから、彼は今、生きてくれている。
それはとても嬉しいことだけど……。
「ナギに、会いたいな」
静かな住宅地に零した声が溶けて消える。
モコモコのマフラーの下から覗く勾玉を首から外し、両手に包んで祈るように俯向きながら足を進めていたら。
ドンと、正面から人にぶつかってしまった。
しかも、衝撃で勾玉が手から滑り落ち、道路に転がってしまう。
「おっと」
「ご、ごめんなさい!」
慌てて謝罪し頭を下げると、目の前の男性は腰を曲げて勾玉を拾ってくれる。
そして、頭を下げたままの私に差し出すと。
「こっちこそ、待たせてごめん」
耳に馴染む心地よい美声が頭上から降って。
覚えのある、聞きたくてたまらなかったその声に。
ようやく聞けたその声に。
嘘だ、まさかと、心臓が馬鹿みたいに速度を上げる。
だって、ヒロからなんの連絡も……と、そこまで考えて。
『クリスマスプレゼント送るから、明日楽しみにしてろよ』
思い当たった彼からのメッセージ。
勾玉を受け取る際に触れた手は温かくて。
信じられない気持ちでゆっくりと頭を上げれば。
「メリークリスマス」
白い息を吐きながら色素の薄い瞳を柔らかく細めて微笑むその人の姿に、視界が一気に滲んで涙が溢れ落ちる。
彼の胸元には、私とお揃いの勾玉があって。
「……ただいま」
「お、おかえり、なさいっ」
ぐちゃぐちゃな泣き顔で抱き付けば、嬉しそうに笑って抱き締め返してくれた。
とくん、とくんと体越しにナギの生きている鼓動を感じ。
「ただいま、凛」
もう一度、囁くように声にしたナギから、ふわり。
優しい冬桜の香りがした。
- FIN –
【新 たまゆら物語】 御央 八雲
まだ、神さまたちが人と一緒に過ごしていた時代。
黄泉の島にアメノヨモツトジノカミという神さまがいました。
その神さまは、死んだ人が住むという黄泉の国への入り口を見守る仕事を任されていました。
ある日、アメノヨモツトジノカミのところへとても綺麗な巫女さんがやってきました。
巫女さんは翡翠という名前で、アメノヨモツトジノカミのお手伝いさんとして働くことになりました。
その巫女さんは心優しい人で、アメノヨモツトジノカミはあっというまに巫女さんを好きになりました。
そんなある日、死んでしまった女の神さまが、黄泉の国へ行く途中、死にたくないと怒って、泣きながら入り口まで戻ってきたのです。
しかも、巫女さんの身体に乗り移ってしまい、巫女さんの体はみるみる弱ってしまいました。
アメノヨモツトジノカミは黄泉の国の神様と協力して巫女さんの体から悪い神様を引きずり出して退治しました。
でも、巫女さんは死ぬ寸前です。
アメノヨモツトジノカミは巫女さんを助けようと、巫女さんが大切にしている勾玉に泣きながらお願いします。
「私の力を命に代えて、どうか翡翠を助けてくれ」
すると、勾玉は大きな光を放ち、ぐったりと眠っていた巫女さんの体に吸い込まれて新しい命になりました。
アメノヨモツトジノカミは神様の力を全部使ってしまったので死んでしまいました。
けれど、黄泉の国の神様が特別に人間として生まれ変わらせてくれたのです。
生まれ変わったアメノヨモツトジノカミは、目覚めて元気になった巫女さんに会いに行きます。
そして、巫女さんと同じように年をとることができるようになったので、時間を大切にしながらいつまでも仲良く暮らしました。
めでたしめでたし。
この度は「たまゆらなる僕らの想いを」をお読みくださいましてありがとうございました。
今作の大きなテーマは「居場所」ですが、人と関わることの大切さについても一緒に触れています。
人は生まれた瞬間から少しずつ人と関わって生きていき、自分の居場所を作っていきます。
それは家庭であったり、友人関係の中であったり、人によって様々。
凛は生まれ持った性格ゆえに母との関係までこじらせてしまいました。
そして、居場所を失った。
ナギも、家族を失い、居場所を求めていました。
性格は違うけれど、似た境遇のふたりが勾玉というお揃いの物を通して再び繋がって、居場所を取り戻しました。
そんな今作を書くにあたり意識したのは、読んでくださった方の背中を優しくさする物語であること。
生きているとアホみたいに色々あるので、疲れた心を少しでも癒せればと、私の想いを島の人々の声にのせさせていただきました。
なんて偉そうに言ってますが、自分で書いてて自分で癒されていた節もあり。
いやはや本当に、皆様、毎日お疲れ様です。
どうかこの物語の言葉たちが、皆様のサプリになりますように。
2018.7.20 和泉あや