その夜、部屋で自分の携帯にアプリを取り入れた。
開始すると、原っぱと青空の背景の中に、五つの毒々しい柄の卵が現れた。
真ん中の、派手な水玉模様のものを選ぶと、他の四つは何者かに回収され、選んだひとつだけが画面に残った。
すぐに卵が震えはじめる。ひとつ、ふたつとひび割れて、少しもしない間にわたしのイキモノが孵った。

「……なんだこいつ」

孵化したイキモノは、ピンク色のクマ……のような生物だった。
なぜかスイカ柄の服を着ている。可愛くはない。
 
イキモノは、まずわたしに愛嬌を振りまいてから、妙に手際よく画面の隅に真っ赤なポストを設置した。
説明を読むと、このポストの蓋を開けておけば誰かからの言葉が届くらしい。
ただしこの中に届くのは新規のメッセージのみで、自分の言葉への返信に限ってはイキモノが直接受け取るそうだ。

ややこしいな、と思いつつ、とりあえず変なものが来ても困るので今はポストは閉めておくことにした。
こうしておけば新規のメッセージは届かない。届くのは、自分の送ったメッセージへの返事のみとなる。

次にイキモノは卓袱台を運んできて、その上にペンと紙を置いた。
ここを選択することでメッセージを送ることができるのだ。
少し悩んでから、画面上のペンと紙をタッチした。送れる文字数の上限は千文字。わたしには十分すぎる数だ。

ベッドに仰向けになり、部屋の隅に置いてあるギターに目をやった。
十年弾き続けているアコースティックギター。小学校に上がったばかりの頃に、初めて手に取り弾いたギターだ。
売っている新品の物を試しに鳴らしただけだったけれど、手にしたそのギターがどうしても欲しくなり、お父さんに買ってくれとお願いした。
しかしお父さんは、まだ小学一年だったわたしのためには高価なギターを買うことはせずに、代わりにお父さんの物としてこのギターを買い、わたしに貸す、という形を取った。

それで十分だった。自分の最高の宝物ができた。このギターを弾きながら、大好きな歌を歌った。
あの頃のわたしならきっと、今抱いているこの疑問の答えが、はっきりとわかっていたのだろう。

──カンナらしい詞を書けばいいんだよ。

携帯を操作する。千文字打ち込めるスペースがある中で、わたしの打ったメッセージはたったの一行分にしかならなかった。
どこの誰に届くかわからないメッセージを、生まれたばかりのイキモノに託した。
返事なんて来なくてもいい。ただ自分以外の誰かにこの言葉を零せた、それだけで、ほんの少しは胸の奥のつかえが、ましになった気がした。

『わたしらしさって、なんだろう』




【試し読みend】