歌なら、誰にも負けない。
たとえ部の外からどれだけ歌の上手な子を連れてきたとしても、その子よりも上手く歌えると断言できる。
ロク以外の部員の前では一度たりとも歌ったことはないけれど、歌いさえすればきっとみんながわたしをボーカルに推すだろう自信も、そしてそれが決して過大評価ではない自信もあった。
だから、渋っているのは実力のなさを心配しているわけではない。人前に出るのが嫌いなわけでもない。
ひとつ、決めていることがあった。
この先ずっと破ることはないだろうと思っていた自分自身への約束事が、前に出ようとする足をどうしようとも踏みとどまらせる。
「……」
でも、きっとどれだけ悩もうと意味はない。出す答えはすでに決まっている。
ロクがバンドをやろうなんて言い出したときから……いや、もしかしたら何かをしたいとロクに言ったときから、決まっていたのかもしれない。
「わかった、やるよ。わたしが歌う」
「お、これで決まりだな」
珍しく満面で笑う幼馴染みを、今度は正面から睨みつけた。
ロクはわたしの視線を物ともせずに誰より満足げな顔をしていた。
四年前、他人前で歌うことをやめたあとも、ロクの前でだけは変わらず歌を歌い続けた。
それで十分だと思っていた。たまにギターを弾いて、たまにロクとセッションして、たまにひとりで歌ったり、ロクのために歌えれば文句はなかった。
もう、他の誰かに向けて歌うことなんてないんだと思っていた。
「じゃあ、あとは何を演奏するか決めなきゃな」
パンっとマサムネ先輩が手を叩く。
「去年は確か、持ち時間は一組三十分だったっけ。機材のセッティングなんかの時間も考えると、できて四曲ってところか」
「流行りの曲がいいんすかね? それとも、客は幅広い年齢層になるし、ちょい古くても有名なのがいいのかな。ロクはどう思う?」
「そうだな、誰でも聴いたことがあるようなのがいいだろうけど……とりあえず明日いくつかスコアを持ってくるから、その中でできそうな曲を選んで決めようか。練習期間はかなり短いし、おれらの実力にも合わせねえと」
そのとき「ねえみんな」と声がして揃って振り返った。
さっきからずっと黙って聞いていた東先生が、にこにこ顔で手を挙げていた。