「任せなロク。だったらおれは、ボーカルやるぜ!」
「駄目だ。テットは歌が下手だし抜群に華がねえ」
「えっ」
「おまえはベースだな」
「ベース?」

きょとんとするテットに、ロクは「大丈夫だ、ベースが弾ける男はもてるぞ」と適当なことを言う。

「いやいや、もてたいけど。でもおれ楽器なんてピアニカとリコーダーくらいしかまともにやったことねえよ」
「安心しな。おれが教えてやるから」
「そう言ってもよお」
「ねえテット」

と呼んだのはナツメ先輩だ。
先輩は気だるげに頬杖を突いたまま、綺麗な切れ長の目だけを動かした。

「シド・ヴィシャスもピストルズに入ったときは、初心者だったんだよ」

その世界的に有名なベーシストのことを、多分テットは知らないだろうと思った。
恐らくナツメ先輩もそれを承知で言っている。そして案の定テットは「誰それ?」という顔をしたが、これまた案の定「よくわかんねえけど、じゃあおれも頑張ります!」と急にやる気を出した。
テットは、ナツメ先輩の言うことが世界の正解だと思っている節があり、その思想は時に面倒だが、時に便利でもある。

「でもさ、ならボーカルは誰がやるんだよ。ロクは柄じゃねえだろ。ナツメ先輩は」
「わたしがやるわけないでしょ」
「ですよね。じゃあマサムネ先輩……」

テットが目を向けると、マサムネ先輩は無言で首を横に振った。
なんでも器用にやってのけるマサムネ先輩も、歌だけは苦手なのだと以前にナツメ先輩から聞いたことがある。

「ええ、これってやっぱりおれが歌うべきなんじゃ」
「まだひとり、役割が決まってねえやつがいるだろうが」

ロクの言葉に、みんなの視線がゆっくりと動いて一ヶ所へ集まる。
全員で中央を向く席の並びはいつだって部員全員が目を合わせることができるようにとの配慮かららしいけれど、今だけは、こんな並びじゃなければいいのにと思った。

「カンナ、おまえが歌うんだ。おれたちのボーカルはカンナだ」