「……クセなの」
「え?」
「人から見られるのが怖いっていうか苦手なんだよね。自意識過剰かもしれないけど、なんだかいつも誰かに監視されている気がして……」
〝あの頃〟に感じていた嫌な視線。それがどこにいても消えなくて、これからもそういう気持ちに縛られ続けるんだと思うと、俚斗の言うとおり目線が下ばかりに向いてしまう。
「じゃあ、いつか堂々と前を向ける日が来るといいね」
俚斗はそう言ってさっきの髪留めに触れる。その指先の冷気が花の周りを包んで、まるでそれが雪の結晶のように見えた。
「だってほら、真正面を向くとピンク色。春の色でしょ?」
俚斗が私の見えた色と同じことを言う。
心に根深く残る雪はいつか跡形もなく溶ける日がくるだろうか。だけどそのときは一緒がいい、なんてやっぱり言えるわけがないけど。
そして私たちは美瑛駅へと戻ってきた。
いつの間にか空がオレンジ色に染まっていて、こんなに1日が早く過ぎる感覚ははじめてかもしれない。
「今日ぐらい時間の進みがもっと遅くてもいいのに」
バスを待っている間、俚斗は不満そうにブツブツと言っていた。
「楽しかったからいいじゃん」
俚斗をなだめるために言ったはずなのに、なんだか素直に〝楽しかった〟と言えてしまった自分に驚いた。
俚斗はからかってくると思いきや、こんなときに限って俚斗はただ優しく微笑むだけ。
瞳が一瞬で掴まれて、俚斗の手が私に伸びてくる。だけどそれは私の頬に触れる寸前で止まる。
「もう少し一緒にいたいな」
ドキッとするような視線。だけど向こうからバスが近づいてくる音がして、私たちの横で停車した。
「じゃあ、転ばないように気をつけて帰ってね」
俚斗はそう言ってバスに乗った。
……これは反則じゃないかな。
私にうるさい鼓動だけを残していくなんて。