その瞬間、向こう側からバスが走ってきてゆっくりと私たちの前で停車した。ドアがプシューと開いたのを確認して私はまた寺本を睨みつける。
「俚斗のことなにも知らないくせに知ったような口で語らないで」
私はそう言い放ってバスに乗り込んだ。
外では「寺本振られてるし、だせー」とゲラゲラと笑う声が響いてきて、本当に腹がたつ。
こんな感情、久しぶりかもしれない。
バスが出発して車内は私の心とは真逆に静かだった。それでも怒りが収まらない私は怖い顔で窓の外を見つめて、今にも大声で叫び出したい気分。
「小枝、ごめん」
俚斗が泣きそうな顔をしていた。
「助けてあげられなかったこと。俺の代わりに言い返してくれたこと。……情けなくて本当にごめん」
俚斗は両手を握りしめるようにギュッとしていて、それは手の色が変わるぐらい。
そんな俚斗を見て少し冷静になった私は「はあ」と深く息をはいた。
「……私がムカついたの」
「え……?」
「俚斗のためとかじゃない。普通に私が俚斗のことを悪く言われてイライラしただけ」
これでも一応平和主義だし、言い争うぐらいなら言いたいことは我慢して面倒ごとは回避したいタイプだったのに、あと1秒でもあの場にいたら私はもっと強い言葉で言い返していたと思う。
あの人と俚斗の関係なんて知らないし、過去になにがあったのかも分からない。
でも俚斗の優しさを否定するような発言だけはどうしても許せなかった。
あー、本当に思い出しただけでムカついてくる。