「……いいよ。どうせロクなことじゃないし」
そういえば、この前も履歴が残ってたっけ。
私の冬休みが残りわずかになって心配してかけてきたとか?
……そんなことあるはずない。私が気にかけてほしかった時にお母さんは私を見てはくれなかった。
それに、今電話に出れば私はすぐに現実へと引き戻される。それが堪らなく怖い。
暫くすると、私の手の中にあった振動がピタリと止まった。着信はおさまったはずのに、私の気持ちは元には戻らない。
いっそのこと無関係になれたらどんなに楽だろうか。
そんな私の気持ちを読んだみたいに、俚斗の声が耳に響いてきた。
「親ってさ、俺たちから見ると完璧な存在に見えるよね」
「え?」
私の意識がお母さんから、俚斗のほうへと変わった。
「だから、矛盾してることとか、間違ってることをされると無性に許せないし、責めたくなる」
俚斗の言葉がスッと胸に入ってきた。
たしかにそのとおりかもしれない。私はお母さんだから、許せないことがたくさんあった。
直してほしいところも、変わってほしいところも、見つめ直してほしいところも、相手がお母さんだから、それを求め続けてきた。
「俺もね、両親が事故にさえ遭わなければこんな奇病にならなかったのにって何度も責めた。きっと自分の現状がずっと許せなかったのかもしれない」
「………」
「でも思うんだよね。この奇病は俺にとってマイナスなことばかりだったかなって。もちろん失ったもののほうが多いけど、そんなの数えてたら自分が潰れちゃうでしょ」
あまりに俚斗が優しく笑うから泣きそうになった。俚斗はまだ溶ける気配のない凍りづけの青い池を静かに見つめる。
「過去も変えられないし未来も見えないけど、今のこの瞬間なら、きっと変えられる。小枝に必要なのは強さじゃない。受け入れる勇気だと俺は思うよ」
その瞬間、私の心の中に強い風が吹いた気がした。