俚斗がなにかを抱えていることを知っていて、それでもどうにかしてあげられる力はなくて。私はこの町にきみを置き去りにしたまま東京に行く。
きっと手のひらの傷跡を見るたびに、私は俚斗を思い出す。そしてそのたびに苦しくなるだろう。
「元気でね、俚斗」
今はこの言葉が精いっぱい。だって、涙でお別れするより笑顔でさよならをしたかったから。
「うん。大樹も」
俚斗は寂しさを見せながらも、最後は優しく笑ってくれた。
そして私は、美瑛の町が雪解ける前に東京へと移り住んだ。
東京に行って、住む環境はガラリと変わった。
春は花粉症で悩まされて、夏は暑さで倒れそうになって、秋は紅葉している木を眺める暇もなく、冬は吐く息だけが白くて銀世界になることはない。
東京は何故かみんな急ぎ足で、ゆっくりと立ち止まっていたら『邪魔だ』と言われるほど、過ぎていく時間は目まぐるしかった。
東京に住んでからは、お母さんが大樹の面影を私に重ねることはなくなった。
きっと幼いままじゃない成長していく私と、時間が停止している大樹とでは容姿が違ってきて〝代わり〟にはならなくなったからだと思う。
そのおかげで髪の毛も伸ばせるようになったし、可愛らしい洋服も着られるようになった。
それでも、私がお母さんの瞳に映ることはない。