「本当?じゃあ、もしかして冬休みの帰省?家出少女かと思った」

「い、家出?」

「うん。なんか凍った池に飛び込んじゃいそうな目をしてたから」

「………」


この失礼な男の子はなんなんだろう。私の表情を見てそれを察してほしいのに男の子がヘラヘラとしてるからさらに言葉を失う。


……今日は〝ハズレの日〟だったのかな。まだ暫くはこっちにいるし、あとでまた青い池に来ればいい。

そう思って帰ろうとすると、私を引き止めるように男の子が「あ!」と声を出す。


「ごめんね。自己紹介がまだだった。俺は吉沢俚斗(よしざわりと)」

男の子はまっすぐに私を見つめていて、さらさらとしてる黒髪に雪が落ちていく。

物腰が柔らかいしゃべり方なのに身長は私より頭ひとつぶん以上大きくて、骨格や体格は細身だけど男の子というより青年という表現のほうが合っている。


「りと……?」

その呼びやすい名前と、あまりに綺麗な顔でビックリした。

なんだか鼻の奥がツンとして、帰るはずだったのにまた足を止めてしまっている。


「きみの名前は?」

俚斗の瞳は深い焦げ茶色をしていて、直視したら吸い込まれてしまうんじゃないかってぐらい。


「……洸野小枝」

このご時世にフルネームを名乗るなんてどうかしてる。

それでも俚斗の名前は嘘なんかじゃなくて本名だと直感で気づいたから、私も嘘の名前は言えなかった。


「小枝、ね」

俚斗は満足な顔をして笑っていた。