俚斗はきっと、ここに何回か来たことがあるんだろう。電気ヒーターの場所も付け方も知っていたし。
その夜をひとりで過ごしたのか、どうして過ごさなければいけなかったのか。私は想像の中でしか知るすべがない。
「とりあえず小枝はコートを脱いだほうがいいよ」
濡れているコートのボタンをはずすと、中に着ていた上着までもが濡れていた。
とりあえずこのままじゃ気持ち悪いから、一番上のセーターだけを脱ぐと、俚斗がバッと顔を反らす。
「平気だよ。あと二枚着てるから」
「そういう問題じゃないの」
「?」
脱げと言ったのは俚斗なのに、変なの。
とりあえずコートと上着と靴下をヒーターの前に並べて、私は体育座りをした。両手を前に差し出すと、冷えた指先に体温が戻ってくる。
「今日は帰れないと思うけど大丈夫?家の人が心配するんじゃない?」
勝手なことをしたのは私なのに、俚斗が優しく気遣ってくれた。
「今おばあちゃんにメールしてる」
スマホは防水だったから、壊れずにちゃんと機能していた。おばあちゃんにメールを打ちながら、私は今日家を出る瞬間に交わした会話を思い出していた。
『おばあちゃん、ごめん。ひとつだけワガママ言ってもいい?』
『あら、なに?』
『今日、私、夜遅くなってもいい?』
『どうして?』
『すごく大事な用事があるの。もしかしたら帰りが遅くなるかもしれないけど、心配しないで。危ないことはしないから。だからお願いします』
そう、私は最初から俚斗と話をするつもりだった。それは今まで避けていた深い部分。