私だって忘れていたわけじゃない。でもそれよりも優先したいこの気持ちが勝(まさ)ってしまっただけのこと。
俚斗は暫く考えたあと、静かに歩きはじめた。
雪道に俚斗の足跡がついて、こんなことを言ったら笑われるかもしれないけど、俚斗が踏みしめる雪の音は心地いい。
ギュッ、ギュッて強く踏みながらも柔らかさが残るような歩き方。
そんなことを思いながら俚斗の背中を見つめていると、「なにしてるの?早くおいで」と俚斗は私を手招きした。
土地勘のない私は俚斗のあとを付いていくだけ。どこに向かってるか分からないけど、俚斗の足には迷いがなくて、時折私を気遣いながらスピードを落としてくれる。
「私、歩くの遅い?」
「うん。遅いね」
「ご、ごめん……」
「はは、なんで謝るの」
俚斗の笑顔を見たらホッとした。
私が住んでる場所よりも開(ひら)けたこの場所は遮るものがなにもなくて、住宅も距離をあけてぽつりぽつりと建っているだけ。
きっとひとりだったら怖くなってしまうほど静かだけど、隣に俚斗がいるだけで恐怖心は生まれない。
「てか、急いだほうがいいかも」
「え?」
バス停を降りてから降り始めた雪は次第に強さを増して、さっきまで無風だったのに今は北風が冷たくて顔が痛い。
「走れる?」
「う、うん……!」
私は俚斗に置いていかれないように懸命に走った。
真新しい雪だから転ばなかったものの、これがアイスバーン状態だったら何回滑っていたか分からない。