「いま、広場に王族と麒麟の使いがいるんだって」


 ティエンが(かすみ)ノ里に辿り着いたのは、サンチェと会った夜から数え、翌日の昼のことだった。サンチェの案内の下、里の正面入り口は避け、川沿いに生える背丈の高い(あし)に身を隠しながら、里の外れへと潜り込む道を選んだ。

 たいへん険しい道ではあったが、正面入り口の門付近にはグンヘイの屋敷があり、王族の兵が厳戒に見張っているとのこと。

 とくに、今は第二王子セイウが滞在しているので、大回りをしてでも、より安全な道を選ぶべきだと、案内人のサンチェは助言してくれた。

 おかげで翌日の昼間となってしまったが、それでも無事に里へ潜れたので、ティエンはホッと胸を撫で下ろした。兵士らに見つかってしまえば、当然この命はない。慎重に動かなければ。

 ひとまず、体を休めてから、次の行動に移ろう。
 そう話していた最中、里の様子を見回ってきたサンチェが、このような知らせを寄越してきた。

 それは驚きの知らせだった。


「本当なのか。サンチェ」


 今にも戸が外れそうな、おんぼろ納屋の干し草束に寄り掛かっていたティエンは、思わず立ち上がって、戻って来たサンチェに詰め寄る。 
 子どもは何度も頷き、市場にいた里の人間がもぬけの殻になっていることを伝えた。


「今なら食い物が盗み放題だぜ。(ねぐら)に残してきたジェチやチビ達にたらふく、飯を食わせられそう。ほんとうに人っ子一人いなかった。みんな、王族に頭を下げるために広場へ集まっているみたいなんだ。兵士達が麒麟の使いを口にしていたから、きっとユンジェも広場にいるはずだ」


 ティエンは喜びの声を上げそうになった。
 離れ離れになって幾日、やっと、ようやっとユンジェと同じ土を踏めている。
 今のあの子は下衆(げす)な兄の下にいる。頭の中では分かっていれど、まずティエンの胸を占めたのは大きな喜びだった。

 はやく会いたい、たった一人の家族に。あの子の顔が見たい。ああ、あの子は元気だろうか。

(ユンジェ。もう少しの辛抱だ。待っていろ。私は必ずお前を迎えに行くから)

 迎えに行ったら、うんっと褒めてもらおう。

 ユンジェならきっと、「俺よりも大人だろう?」と、笑いながら褒めてくれるに違いない。そして、わしゃわしゃと髪を乱してくるに違いない。

 髪を乱されるのは、あまり好きではないけれど、ユンジェがそうしてくれるのだから甘んじて受け止めたい。

 ユンジェがあれをしてくれると、いつも、くすぐったい気持ちになる。


「しかし。なんで、王族が広場に?」


 疑問を口にしたのは、眉間に皺を寄せているハオであった。

「ここは王都に比べると、あまりにも辺鄙(へんぴ)な場所だ。里の人間を集めたところで、王族に何の得があるってんだ? 麟ノ国第二王子のセイウさまは、確かに青州を統べているお方の一人だが……どうも腑に落ちねーな」

「確かに。天降ノ泉を任された里だから、と言われたら、それで片せる話だが、いま泉を任されているのは里の人間ではなく将軍グンヘイだ。里の人間を集めずとも、あれと会えば、それで済む話だと思うが」

 王族の威厳を里の人間に示そうとしているのだろうか。カグムが腕を組み、軽く首を捻った。

 それはティエンとて同じだ。セイウの目論見が見えない。

 おおよそ、あれのことだから、善からぬことを思いつき、里の人間を集めたのだろうが、それにしても不可解である。


 考えても埒が明かない。


 ティエンは外衣を頭からかぶると、サンチェに広場へ案内してくれるよう頼んだ。第二王子の目論見とユンジェの様子が気になって仕方がない。

 カグムから納屋に留まるよう進言を受けたものの、それは綺麗に聞き流しておくことにする。彼はティエンの顔の広さを謳い、見つかれば大変厄介になることを切に訴えたのだが、じっとなんてしていられなかった。

 カグムも見越していたのだろう。力なく嘆息すると、こう一言添えた。


「少しでも、危ないと思ったら、ここに戻りますからね」


 返事の代わりに、軽く舌を出すと、「生意気なガキに成り下がりやがって」と、悪態をつかれた。知ったことではない。大切なのはユンジェだ。

 納屋から出ると、ティエンは足音を立てないよう、先導するサンチェの背中を追った。

 身軽な子どもは先に道を行き、十二分に兵士がいないかどうかを確認してから、大人達を手招いた。

 また彼は頭が回る子どもで、サンチェは広場に直接赴くのではなく、ある程度、広場と距離を置ける、けれど広場が見通せる場所を探してくれた。