そこにはリャンテ宛に、麟ノ国第二王子セイウの動きを監視と、麒麟の使いの調査が事細かく記されていた。

 王印が本物であることを確認すると、セイウは肩を竦め、軽く手を振った。

「ずいぶん父上に警戒されていますねぇ。麒麟の使いを見つけ次第、王都に連れて来るよう貴方に命じているじゃあないですか」

「謀反を恐れているんじゃねえか。天士ホウレイの一件もあるしな」

 麒麟の使いが現れるということは、この時代の終焉が近いということ。
 麟ノ国第三王子ピンインの懐剣に宿ったことで、父王は己の時代が終わることを危惧し、血眼になってピンインの行方を追っている。

 その矢先、麟ノ国第二王子セイウの知らせが届いた。あれは恐れているのだろう。二人の息子が『黎明皇』になるやもしれない、その未来を。

「愚図はともかく、貴様の監視は容易くない。だから俺が来た。くくっ、まあ、貴様の相手は俺が適任だろうからな」

 まったくもって食えない男だ。セイウは笑みを深めると、立てた膝に腕を置き、美しいかんばせをリャンテに向ける。

「わざわざ、これを私に知らせる理由は?」

「兄心だ。兄心」

 虫唾の湧く言葉だ。発疹が出る。

「その御心があるのであれば、今すぐ、そこの茶を口にして欲しいもの。私に知らせることで、貴方は父上の勅令に背いたことになりますが?」

 くつりと喉を鳴らして笑うリャンテは、「その方が面白れぇだろう?」と、楽しげに返事した。

「あの狸親父は、俺と貴様の不仲を知っている。そして貴様と愚図が一戦交えたことも知っている。三者をいがみ合わせておけば、自分は楽に動ける。最悪、息子らを潰し合わせて、自分が麒麟の使いの所有者となることもできるってわけだ」

 語り部に立つリャンテは、自分で話しているにも関わらず、腹を抱えて笑い始めた。

 男は嘲笑する。父王もめでたい頭になったものだ。見え見えの下心に、自分が気づかないとでも思ったのだろうか。
 だったら、あれは本当に老いた。まんまと引っ掛かるほど、自分も愚かではない。

 リャンテは不敵に笑い、だからセイウに知らせたと言い放つ。あれの言いなりになるなんぞ、馬鹿のすることだとリャンテ。

「私が父上に告げ口をする可能性は考えなかったのですか?」

「はっ。つま先もねえな。あれに告げ口したところで、麒麟の使いは取り上げられる。貴様には堪えがたい話だろうが。リーミンだったか? 貴様の懐剣を抜いたガキ」

 リャンテは子どもの名前を知っていた。おおかた町に寄った時、立て札を読んだのだろう。

「ええ。美しい名前でしょう? 私が名づけたのですよ」

 そして、あれはその名に相応しい姿でお役を果たそうとした。心を捨て、人間を捨て、懐剣として冷然と人間達を切り捨てた。
 ああ、いつ思い出してもあれは美しい。思い出す度に背筋がわななく。鳥肌が止まらない。気持ちが高揚する。

 はやくあれを取り戻し、宮殿に飾らなければ。

 それだけでは足りない。飽きるまで、お役を果たす姿を見せてもらわなければ。国のどこを探しても、あんな懐剣はお目に掛かれない。セイウは強い欲望に駆られた。

 だからこそ。

「父上になんぞにくれてやるものですか。あれは私の懐剣だ」

 ぎらついた眼でリャンテを見据え、赤い舌を出す。男は面白そうに目を細めた。

「待ってろ。すぐ麒麟の使い争いに、俺も参戦してやっから」

「ほう。自分に器があると?」

「ははっ! 同じガキが別々の王族の懐剣を抜いたんだ。リャンテの懐剣だって抜けるに決まっている」

 これは強がりでもなんでもない。確信だ。

「ガキは王位継承権を持つ、王族の懐剣を二つも抜いている。だったら、俺にも資格があるだろうさ。見つけ次第、主従の儀を受けさせてやる」

「青州の地に留まるつもりですか。私が許すとでも?」


「そこで交渉だ。貴様に兵の駐屯竹簡を出してもらいたい。いくら第一王子とはいえ、青州は貴様が任された地。俺が好き勝手できることじゃあねえ」

    
 言ってくれる。竹簡の返事を待たず、此処に来たくせに。

「表向き、俺は貴様の監視を任されているが、返事次第では黙認してやる。貴様も嫌だろう? 下手に狸親父を刺激するのは。あれは短気だ。面倒事になっちまうぜ? 俺の知らせ次第じゃあ、貴様は親父の怒りを買う」

 偉そうに。恩を売る気か、この男。
 セイウは一思案を巡らせると、冷たい笑みを深めた。

「いいでしょう。明日の朝には、貴方の手元に竹簡が届くよう手配します」

 あっさりと承諾するセイウの肚の内をどう読んだのか、リャンテも挑発的に笑みを深めて、毒の茶が入った湯飲みを持つと、それを逆さにする。


「お互い親父の意向に背いた。同じ穴の(むじな)ってわけだ」


 零れた茶はセイウとリャンテの間で水たまりとなった。