朝は秒単位で気配を覗かせ、景色も明るくなってきた。ふと、気づくと古い家が並んでいる『ならまち』にたどり着いていた。

【奈良町通り】という看板が電柱ごとに掲げてあったけれど、昨日歩いた場所と同じなのか自信がない。

「奈良町通り……」

うっすらとぼやけている記憶のどこかで、この名前を見た気がする。

その通りを走っているうちに、見覚えのある角に差しかかった。

手前には【ならまち史料館】と筆文字で書いてある木の看板が掲げられた建物があった。

「ここ、通ったような……」

たしか、ここで右の脇道に入ったんだっけ……。自信がないまま右に折れると、

「あれ……」

自転車をおりて電柱を見上げた。曲がった細道にも【奈良町通り】って書いてあったから。

振りかえると、広い道のほうにもデザインは違えど同じ名前を記した電柱がある。

「奈良町通りっていくつもあるもんなの?」

つぶやきながら自転車にまたがろうとしたとき、細いほうの道の先に見覚えのある茶色のお尻が見えた。

「あ……」

思わず出た声に、振り向いた猫は昨日雄也の店にいたナムに見える。そのまま三秒ほど見つめ合っていたけれど、ナムと思われる猫はプイと顔を背けて歩き出す。

「待って!」

自転車を押しながら追いかけるけれど、逃げる気配もなく優雅に歩いている。しばらく一定の距離を保ってついてゆく。

細い道をさらに右に曲がると、そこにもある【奈良町通り】の看板。まるでこの辺り一帯が同じ通りの名前であるようにどこまでも続いている。

……それにしても。

右へ左へ大きなお尻を振りながら歩くナムを見て、無意識に笑みがこぼれていた。まるで自分の町であるかのように堂々と真ん中を歩いている。

「猫はいいなぁ」

好きなところを好きなように歩いて過ごせるのだから。私なんてこれから仕事を探しに行かなくちゃならないっていうのに。

「なーん」

前を向いたまま鳴くナムは、本当に言葉がわかっているみたいで不思議。

やがて【奈良町通り】の看板はなくなり、車一台通れるかどうかという細い道の先に見覚えのあるベンチが見えてきた。

昨日来たばかりなのに、すでになつかしい感じがするのはなぜだろう。でもわかることがひとつあった。

ここにまた来たかったんだ、ってこと。