「たっ、ただ、好きな相手に嫌われたくないって気持ちはわかります、一応、わかります。だからその、もう一度考えてみて欲しい、というか」
誰も反論も助け船も出してくれない。せめてなにか言ってくれればいいのに。
「すぐに答えが出ない、っていうのが、ある意味答えなんだと思うんです。むしろ簡単に決まるほうが変っていうか。結婚って、人生の中では最大の選択になりそうじゃないですか」
こうなったら喋りきるしかない、とまくしたてて一息ついたところで、ようやく別の主の声がした。百乃さんがくすくすと笑っている。
「ほんと、人間さんって変わってはりますね」
ここでこういうコメントを挟む彼女も同類だと思う。
「ですが時間はないのでしょう」
雲母が百乃に聞く。そういえば確かに、明日明後日とか言っていた。
「ええ、そうですね。考えるいうても、一晩といったところになります」
その後は準備などに忙しくなりますから、と百乃さんは続けた。
「一晩で充分です。また明日来てください。やっぱり痣を消すと決められたのなら、俺はちゃんとその絵を描きます」
三日月紫苑があきれたようにため息をついた。彼ならすぐに絵を描き、痣を消し、彼女を送り出したのだろう。
それが悪いとは言えない。答えはわからないのだから。
でも俺は、たとえ今後自分の生活に関わってくるようなことじゃなくても、はっきり言えば今だけの接点のことでも、曖昧に終わらせたくはなかった。
どうしてかはわからない。自分がそれほど正義感の強い人間だと思ったこともないし、実際誰かから相談されたところで、まったく役に立たないことは多々ある。
もしかしたら仕事ということに変な力を入れているだけかもしれない。今までフィクションだと思っていた世界を垣間見て興奮しているだけかもしれない。
それでもいい。
どうせやるなら、そのとき一番最良の道を選んで、晴れやかに彼女を見送りたいのだ。
それに、自分が好きな絵で、絵を描くことで、誰かを助けられるかもしれないなんて、そんなうれしいことはない。たとえどれだけ未熟でも、こんな機会はほかにないだろう。
最初はわけもわからず遠慮したい気持ち満載だった自分が、僅かな時間でここまで変わってしまったことに驚きはする。そのうえ終わったら記憶を消されるのかもしれないとならば、こんなにまじめにならなくても、と思う気持ちもある。
でもきっと、たとえ記憶が消えても、消化不良に似た曖昧な気持ちは、残る。
そんな、気がする。
「わかりました。椿さまの言うとおり、一晩、考えさせていただきます」
百乃さんははっきりとそう言って、そこで初めてお茶に口をつけた。
もうすっかり冷めたであろうそれを一口飲んで、ほう、と息を吐く。その仕草が、最初に会ったときより随分と大人びて見えたのは気のせいかもしれない。
誰も反論も助け船も出してくれない。せめてなにか言ってくれればいいのに。
「すぐに答えが出ない、っていうのが、ある意味答えなんだと思うんです。むしろ簡単に決まるほうが変っていうか。結婚って、人生の中では最大の選択になりそうじゃないですか」
こうなったら喋りきるしかない、とまくしたてて一息ついたところで、ようやく別の主の声がした。百乃さんがくすくすと笑っている。
「ほんと、人間さんって変わってはりますね」
ここでこういうコメントを挟む彼女も同類だと思う。
「ですが時間はないのでしょう」
雲母が百乃に聞く。そういえば確かに、明日明後日とか言っていた。
「ええ、そうですね。考えるいうても、一晩といったところになります」
その後は準備などに忙しくなりますから、と百乃さんは続けた。
「一晩で充分です。また明日来てください。やっぱり痣を消すと決められたのなら、俺はちゃんとその絵を描きます」
三日月紫苑があきれたようにため息をついた。彼ならすぐに絵を描き、痣を消し、彼女を送り出したのだろう。
それが悪いとは言えない。答えはわからないのだから。
でも俺は、たとえ今後自分の生活に関わってくるようなことじゃなくても、はっきり言えば今だけの接点のことでも、曖昧に終わらせたくはなかった。
どうしてかはわからない。自分がそれほど正義感の強い人間だと思ったこともないし、実際誰かから相談されたところで、まったく役に立たないことは多々ある。
もしかしたら仕事ということに変な力を入れているだけかもしれない。今までフィクションだと思っていた世界を垣間見て興奮しているだけかもしれない。
それでもいい。
どうせやるなら、そのとき一番最良の道を選んで、晴れやかに彼女を見送りたいのだ。
それに、自分が好きな絵で、絵を描くことで、誰かを助けられるかもしれないなんて、そんなうれしいことはない。たとえどれだけ未熟でも、こんな機会はほかにないだろう。
最初はわけもわからず遠慮したい気持ち満載だった自分が、僅かな時間でここまで変わってしまったことに驚きはする。そのうえ終わったら記憶を消されるのかもしれないとならば、こんなにまじめにならなくても、と思う気持ちもある。
でもきっと、たとえ記憶が消えても、消化不良に似た曖昧な気持ちは、残る。
そんな、気がする。
「わかりました。椿さまの言うとおり、一晩、考えさせていただきます」
百乃さんははっきりとそう言って、そこで初めてお茶に口をつけた。
もうすっかり冷めたであろうそれを一口飲んで、ほう、と息を吐く。その仕草が、最初に会ったときより随分と大人びて見えたのは気のせいかもしれない。