「君はそれで良かったかもしれない。でも俺はそれじゃ気持ち悪い」
「気持ち悪いとか気持ち悪くないとかの問題じゃない。これはそういう仕事だ」
「そりゃ、彼女が死にたくなるほどその痣が憎い、っていうなら俺だってすぐにでも描く。でも実際はどうなのか聞いてみなきゃわからない」
「聞かなくたってわかる。あの痣だぞ」

三日月紫苑がそう言い放つと、百乃さんの手が動いた。自分の顔の痣を確かめるように、指先で触れている。

「けど彼女はその痣を隠そうとはしていない。確かに髪のバランスは左右で違うけれど、見せたくないほどのものなら、あんなに堂々と出しはしないだろう」
俺のことばに三日月紫苑は黙った。

ぱん、と音が響く。雲母が手を打ったようだ。

「ふたりでいくら言い争いをしても、それらは勝手な憶測でしかありません。ここに本人がいらっしゃるのですよ」

それは解決方法を示唆したようで、俺たちに対する忠告にも聞こえた。確かに、本人の目の前であれこれ想像でしかないことを言うのも良くなかった。

「百乃、話せますか」
雲母はやさしく、百乃さんに問いかけた。やはり身内には甘いのだろう。あの柔和な表情はきっと俺には向けられない。

「はい」と細い声が聞こえた。一瞬雲母のほうを見たが、すぐにこちらへと視線を移す。その瞳がどこかさみしげに見える。

「実は、見合いを控えております」
静かにしかしはっきりと、彼女は教えてくれる。

「お見合い、ですか」
「はい。両親が決めたものではあるのですが、お噂はかねがね伺っている方でして……その」
「会ったことはなくとも、双方まんざらでもない縁談なのです」

言い淀んだ先を、雲母は遠慮なく繋いできた。会ったことない相手と、と思わなくもないが、そこらへんはひとそれぞれだろう。いや、妖それぞれか。それに文化も違うかもしれない。

「ですが、両親が、せっかくの良い話でも、この痣では断られてしまうのではないかと申しまして」
「それで、消そうと?」
俺の質問に彼女は答えなかった。その代わりすこしだけ首を傾げながら、痣を触る。

「その、不躾な質問かとは思うんですが」
なにかが引っかかる。思い切ってぶつけてみることにする。

「痣があっては、相手に嫌われるかもしれないんですか」
「……さあ、どうでしょうか。やはり、殿方はうつくしい女性のほうが良い、のではないでしょうか」
「ええと、そこはどうなんでしょうか、雲母さん」
「なぜそこで私に振るのですか」
「いや、妖狐の間ではというか、妖の世界では文化が違うのかもしれない、と思って」
「では椿、あなたは今の百乃が醜いと思いますか」
「いや、全然。むしろ美人だと思います」
「妖も人間も、そう違わないものですよ」

雲母の答えは、ある意味助けになった。同じならば、俺でも意見は言えそうである。

「お見合い、のために痣を消そうと思ったってことは、今まではそれほど気にしてなかった、ってことですか」
「女心」
それまでちっとも話に興味を持ってなかったような三日月紫苑が急に口を開いた。しかしその口から女心なんて単語が出てきたことに正直びっくりする。

ただ言いたいことがわからなくもない。気になる相手との縁談、うまくまとめたい。そのために行動することだってあるとは思う。悪くはない。
幸せになりたいと思うことは、人間も妖も一緒だろう。

それでも俺には、彼女からそのために立ち上がってここに来た、という気概が感じられなかった。