「私たちは人間のイメージで成り立っています。言い換えれば、あなたたちが持つイメージが変われば、私たちも変わるのです」
「妖狐はぶさいくだってなれば」
「そんなことは断固願い下げですが、大多数の認識がそうなれば変わるでしょう」

たとえが悪かったのは自覚している。雲母の視線が怖いが、百乃さんが俯いていた顔をあげて、ふふふと笑ってくれたので良しとする。

「余は雲母がぶさいくになっても構わぬぞ」
場の空気を読んでいるのかいないのか、薊が堂々とした態度を見せる。
しかしそんなありがたいことばも雲母は「想像なさるな」ぴしゃりとはねのけた。

「えーと、でもたとえば百乃さんの痣ってのは、妖のイメージの問題じゃなくて、個人の問題だよな」
これ以上ぶさいく論を続けてはならないと、話の先を促す。

「左様、薊が持つ力は、そのほんの一部だとお考えください。たとえあなたが百乃を猫又として描いても、種族を変えるほどの力はございません。せいぜい、妖と化す前の姿に戻すのが限界でしょう」
「個人的な問題は解決できるけれど、存在意義に関わるようなところまでは力は及ばない、と」
「はい。ですが人間はそもそもイメージで成り立っているわけではありません。様々な学説があるようですが、人類の発生は妖とは違うことははっきりするでしょう。なので、いくら薊が力を使ったところで影響はありません」
「おー、なるほど……」

わかったような、気がする。まあ全て理解していなくても、大体把握していたら大丈夫だろう。

「まあ余もそもそも朱門の力を具現化しただけだしな」
長話に飽きてきた子どものように、薊が足をばたばたとし出した。

「朱門?」
「いい加減、仕事の話に戻ってくれないか」
人の名か、と疑問を抱いたところで三日月紫苑が退屈そうに欠伸をした。ソファに全身をゆだね、今にも眠りそうな雰囲気だ。

「妖の成り立ちとか力の話とか必要ない。雲母はそいつに絵を描かせたいだけなんだから」
黙ってさっさとやらせればいい、と三日月紫苑は吐き捨てた。

「あ、俺が描くことには了承してくれたんだ」
「は?」
「いや、さっきはさっさと帰れとか言ってたから」
「今回の依頼主は雲母も同然だ。僕に選択権はない」
「なるほど、じゃあまあ仕事の話をするけれど」

愛想の悪い屋敷の主人はおいといて、百乃さんへと向き直る。

「百乃さんはなぜ、その痣を消したいんですか」
俺の質問に、百乃さんは動きを止め、三日月紫苑は「はあ?」と声をあげた。

「理由なんか必要ない。彼女が消したいと言っている、ならば消せばいい」
「いやいや、先ほど雲母さんも言ってたし。表面上の問題を解決するだけが仕事ではありません。その胸の内までも晴らしてやるのが役目でしょうって。そりゃ、痣を消した絵は描けるけども、それでおしまい、で彼女の願いは本当に達成するわけ?」
「僕はカウンセラーじゃない。依頼された絵を描くだけだ」

雲母も薊も百乃さんも、俺と三日月紫苑の言い合いを黙って見ていた。
雲母はお茶を啜っているし、薊は相変わらず足をぶらぶらさせている。百乃さんはどちらかというと口を挟めない、といった感じか。