シオンが花の名だと知ったのは、大学に入ったばかりのころだった。
コースの新入生一同が教室に集まった初日、自己紹介をすることになった。といっても言うようなことはたいしてない。芸術大学ならではの、見た目には個性的なメンバーがそこには会していた。
そう見ると自分は至って平凡な、高校を卒業したばかりの男子学生でしかない。自己紹介も名前と地元出身であることを言う以外他になかった。
他の面々の自己紹介も似たようなものだった。ときには「自分はこうなりたいです」といったような夢を語る人間もいたが、四十人あまりの自己紹介はあっという間に終わる。
「三日月紫苑(みかづきしおん)です。京都出身です」
そろそろ終わるか、と後方を振り返ると、立っていたのは全身黒ずくめの青年だった。
思わずぎょっとする。真っ黒、というところにではない。ありに顔がきれいだったからだ。シンプルな装いゆえに余計に顔の整った造形が目立つ。
「君と彼は名前が似てるね」
たまたま隣に座っただけの女子が俺にそう小声で言ってくる。
「似てる?」
「そう。君は如月椿(きさらぎつばき)くんでしょう。ふたりとも名字が月で名前が花」
紫苑、と彼女が配られたレジュメに丁寧な字で書いてくれたが、俺にはそれがどんな花かは皆目見当がつかなかった。
「ふたりともきれいな名前だね」
彼女はそう言って笑ってくれたが、あまり喜ばしいことではない。よく女に間違われる名前だ。
同時に、俺は彼女の名前をさっぱり記憶に留めていなかったので、申し訳なくもなる。ここで「君もきれいな名前だよ」とか言えたら良いのだろうけれど、あいにくそんなバイタリティも持ち合わせていない。
「でも彼は、なんというか孤高のひとって感じがするな」
もう一度後方を振り返って、三日月紫苑の姿を確認する。
すでに席に着いた彼は、ただ真っ直ぐに前方を見ているだけだ。骨格から男だとはわかったものの、顔だけ見たら性別に迷いそうである。男が男にきれいだと言うのも気持ち悪いが、事実絵画や彫刻のような中性的な顔立ちをしているので、素直な感想に間違いはない。
「うーん、確かに、友だちとか必要としてなさそうというか、いなくても生きていけそう」
隣の彼女も振り返って、三日月紫苑から漂うオーラを感じ取ってくれたらしい。ただ自分は、そこまであけすけに言うつもりはなかった。
彼女のはっきりした物言いに苦笑しつつも同意する。自分だってコミュニケーションが得意なほうではない。
けれど三日月紫苑からは、他を寄せつけないような、尖った雰囲気を感じる。実際彼の席の隣は空席だし、あんなにきれいな顔をしているのに、誰も注目しない。
「まあ芸術家っぽいのかな」
俺がそう言うと隣の彼女は首をひねった。
「芸術家にだってコミュニケーションは必要だと思うけれど……寂しいじゃん、だって」
寂しい、そのことばにほんのすこし胸が鳴る。きっと彼女は友人関係が潤沢なのだろう。初対面の俺に気兼ねなく話しかけてくるぐらいだ。
それでもまあ、彼と友人関係になることはなさそうだな、とは思う。自分とは、生きている世界というか次元が違う気がする。
三度振り返ると彼と目が合う。
そこそこ距離があるというのに、その目力に気圧されて、俺は彼の後方にある外の景色を見た振りをした。
コースの新入生一同が教室に集まった初日、自己紹介をすることになった。といっても言うようなことはたいしてない。芸術大学ならではの、見た目には個性的なメンバーがそこには会していた。
そう見ると自分は至って平凡な、高校を卒業したばかりの男子学生でしかない。自己紹介も名前と地元出身であることを言う以外他になかった。
他の面々の自己紹介も似たようなものだった。ときには「自分はこうなりたいです」といったような夢を語る人間もいたが、四十人あまりの自己紹介はあっという間に終わる。
「三日月紫苑(みかづきしおん)です。京都出身です」
そろそろ終わるか、と後方を振り返ると、立っていたのは全身黒ずくめの青年だった。
思わずぎょっとする。真っ黒、というところにではない。ありに顔がきれいだったからだ。シンプルな装いゆえに余計に顔の整った造形が目立つ。
「君と彼は名前が似てるね」
たまたま隣に座っただけの女子が俺にそう小声で言ってくる。
「似てる?」
「そう。君は如月椿(きさらぎつばき)くんでしょう。ふたりとも名字が月で名前が花」
紫苑、と彼女が配られたレジュメに丁寧な字で書いてくれたが、俺にはそれがどんな花かは皆目見当がつかなかった。
「ふたりともきれいな名前だね」
彼女はそう言って笑ってくれたが、あまり喜ばしいことではない。よく女に間違われる名前だ。
同時に、俺は彼女の名前をさっぱり記憶に留めていなかったので、申し訳なくもなる。ここで「君もきれいな名前だよ」とか言えたら良いのだろうけれど、あいにくそんなバイタリティも持ち合わせていない。
「でも彼は、なんというか孤高のひとって感じがするな」
もう一度後方を振り返って、三日月紫苑の姿を確認する。
すでに席に着いた彼は、ただ真っ直ぐに前方を見ているだけだ。骨格から男だとはわかったものの、顔だけ見たら性別に迷いそうである。男が男にきれいだと言うのも気持ち悪いが、事実絵画や彫刻のような中性的な顔立ちをしているので、素直な感想に間違いはない。
「うーん、確かに、友だちとか必要としてなさそうというか、いなくても生きていけそう」
隣の彼女も振り返って、三日月紫苑から漂うオーラを感じ取ってくれたらしい。ただ自分は、そこまであけすけに言うつもりはなかった。
彼女のはっきりした物言いに苦笑しつつも同意する。自分だってコミュニケーションが得意なほうではない。
けれど三日月紫苑からは、他を寄せつけないような、尖った雰囲気を感じる。実際彼の席の隣は空席だし、あんなにきれいな顔をしているのに、誰も注目しない。
「まあ芸術家っぽいのかな」
俺がそう言うと隣の彼女は首をひねった。
「芸術家にだってコミュニケーションは必要だと思うけれど……寂しいじゃん、だって」
寂しい、そのことばにほんのすこし胸が鳴る。きっと彼女は友人関係が潤沢なのだろう。初対面の俺に気兼ねなく話しかけてくるぐらいだ。
それでもまあ、彼と友人関係になることはなさそうだな、とは思う。自分とは、生きている世界というか次元が違う気がする。
三度振り返ると彼と目が合う。
そこそこ距離があるというのに、その目力に気圧されて、俺は彼の後方にある外の景色を見た振りをした。