「そんな昔のこと話すなよー。恥ずかしいじゃん」


私達が昔話で盛り上がっていると、照れた真人はあの時と同じように少しだけ微笑んでいる。


私と遥は知っていたけれど、真人は恥ずかしがりやで大人しくて、喋りたくても緊張して喋れないことを悩んでいた。

だからあの時、『それでいいんだ』とそのままの自分を認めてもらえたような気がして、真人は嬉しかったのだと思う。



ふと空を見上げると、雲が流れてきたのか、木々の隙間から差し込んでいた日差しがいつの間にか少しずつ陰りはじめていた。


もうすぐ夕方か……。なんだかやっぱり、時間が経つのが早い気がする。


「颯太は大丈夫?お婆ちゃんのこと」

「ん? ああ、もう大丈夫だ。八十九歳だったし、長生きしたほうだろ」

遥の言葉に、いつものように答えたそうちゃん。
そうちゃんのお婆ちゃんは、三ヶ月前に亡くなった。肺炎をこじらせたのだと聞いている。

お婆ちゃんが亡くなってからは他に頼れる親戚のいないそうちゃんは、今、悟朗さんのところでお世話になっている。

四年生の時から、寂しかったそうちゃんの側にいたお婆ちゃん。悲しくないわけない、本当は辛いのに、そうちゃんは葬儀などの準備を町の人達と一緒になって頑張っていた。


「早く金貯めてひとり暮らししなきゃなー。悟朗さんの小言がうるせーし」

誤魔化すように冗談めかして言い、笑ったそうちゃん。

「ひとり暮らしって言っても、森美町でしょ?」

「あたり前だろ」

寂しさを我慢するところは昔と変わらないけれど、森美町に対する思いは本当に変わったと思う。



「あかりは大学行くんだよね?」

「え?あ、うん」

突然真人に話を振られた私は、なんとなく次は自分が話す番なのかなと思い、飲もうと思って持っていたコップをテーブルに置いた。


「一応真人と同じで東京の大学に行って、もっと色々学びたくて。でも真人の行く大学とはレベルが全然違うけどね」

「文系だよね。やりたいこととかあるの?それとも大学に通いながら将来を決めていく感じ?」


遥かに聞かれた私は、答えに迷った。

本当は遥と同じで、私にも夢がある。
でもそれをハッキリ三人に伝えたことはない。言いたくないとかではないけれど、それこそ現実味がないと自分で分かっていた。


けれどみんなが最後に本音を話してくれているのに、自分だけ話さないのはなにか違うと思った。


私の言葉を待っているかのように、三人は黙って私の目を直視している。



「私ね……夢が、あるの……」


それを受け、三人はほぼ同時に頷いた。



「私……物語を考えるのが好きだったでしょ?だから……小説家になりたくて……」


膝の上に置いた手をキュッと握る。

そしてゆっくりと見回すと、三人は顔を綻ばせ、とても穏やかな優しい笑顔を浮かべていた。

全員が私に向けたその笑顔に、何故か胸が熱くなって、涙が溢れそうになる。


バカにしたり笑ったりすることはないと分かっていたけれど、なんだかまるで私がそう言うのを知っていた、もしくは待っていたかのようにうんうんと何度も頷きながら、三人は偽りのない笑顔を私にくれた。