「もーまた喧嘩するのかと思ったよ。ていうか、あの時のこと思い出しちゃったじゃん」
「なんだよ、あの時って」
呆れ顔でため息をついた遥に向かって、そうちゃんが首を傾げる。
「まさか忘れたの?あんた達が一番最初に喧嘩した時のこと。あかりは覚えてるよね?」
「もちろん。あのことがあったから、真人とそうちゃんは仲良くなったんだもんね」
「そうだっけ?」
「そんな昔のこと、忘れたな」
ニヤニヤしながら二人の方を向くと、真人とそうちゃんは少し照れたように私から視線を逸らした。
「転校初日から否定的な発言してさ、態度も悪いし。話しかけても無視されるし。でもさ、なぜか颯太の方から真人に話しかけたんだよね。あれにはマジで驚いたわ」
「ほんと、そうちゃん口が悪かったから真人泣きそうになってたし」
遥と二人で、途中何度も思い出し笑いを挟みながら昔の話で盛り上がった。
その間、そうちゃんと真人は恥ずかしそうにばつが悪いといった顔で黙って聞いている。
喧嘩といっても、あれは二人の仲が悪くなる喧嘩ではなくて、むしろ二人の距離が近づくキッカケになったと言ってもいい。
そうちゃんが森美町に来て一ヶ月が経過した頃、クラスの中でちょっとした騒ぎが起きた。
虐めはなかったけれど、からかったり面白がったりするクラスメイトがいて、真人がその標的にされた時のことだ。
『本ばっかり読んで楽しい?』
『なんで女としか遊ばないのー?』
『遥とあかり、どっちと結婚すんだよ』
席に座っていた真人は、ただ黙って俯いていた。元々大人しかったから言い返すとか怒るとか、そういうタイプではなかったから。
自分の席で小さくなっていた真人は、今にも泣きそうに少しだけ肩を震わせていた。
遥が堪らず真人を庇おうとしたその時だった、真人とは離れた席に座っていたそうちゃんが椅子の音を鳴らして勢いよく立ち上がり、真人の前にツカツカと歩み寄る。
てっきり真人を庇ってくれるのかと思っていたら、そうちゃんは真人の目を見て言ったんだ。
『お前、さっきからなんで言い返さねえの?ずっとそうやって喋らないつもりかよ。下ばっか見てなんか面白いのか?』