「まだなにも始まってないのに弱気になってる奴の気持ちなんて分からないな。じゃーお前、なんで大学に行って勉強するんだよ。そんなに不安なら行かなきゃいいだろ」
興奮している真人に比べて、そうちゃんは怒鳴るわけでもなく終始落ち着いた口調で話している。だからなのか、もう少し二人の様子を見守ろうと遥に目で合図すると、遥は軽く頷いた。
「行かなきゃいいって、大学に行かなきゃ今のご時世やりたい仕事だって出来ないだろ」
「やりたい仕事ってなんだよ」
「別に、今はまだ分かんねーよ。ただ……」
「ただ?」
「森美町に、俺達が育ったこの町にいつか恩返しが出来ればいいなとか……まだその程度のことしか考えてないんだ。だから……」
「なーんだ。あるじゃん、やりたいこと」
「……は?」
真人だけではなく私も遥も、大きく目を見開いた。そうちゃんはポリポリと頭を掻きながら笑顔を見せている。
「いつか森美町に恩返しができればって、そう思ってるんだろ?」
「そ、そうだけど、でもまだなにがやりたいのか明確なことは」
「明確にしなきゃいけないのかよ。じゅうぶんじゃねーか、それだけで。頭いいんだからとりあえず勉強してもっと頭良くなって、どんなことでもいいからお前の言う恩返しを目標にして頑張ればいいじゃん」
「でも、俺は……」
「でもじゃねーよ。なんだっていいんだ、森美町唯一の小学校の先生、一時間に一本のバスの運転手、町長って手もある。それから、いつかどっかのお偉いさんがこの町の再開発とかで森を壊そうとした時、それを阻止するために動く弁護士とか、なんか分かんねーけどさ、いっぱいあるじゃん。恩返し。選び放題だ」
私は堪らずプッと噴き出してしまった。すると遥もつられて笑い出す。当の真人は、口を開けたまま呆気にとられている。
「遥みたいに一つの夢に向かって進むのもありだし、迷いながら決めていくのもありだろ。みんな同じじゃねぇんだし」
あたり前のことをすんなり口に出して、それをすんなり相手に受け入れさせる。適当で軽そうに思えるような言葉で、相手を納得させてしまう。
でもそれは、そうちゃんが本当に私達を大切に思っているからこそ出来ることなんだ。
もしかしたら喧嘩になってしまうかもと思ったけれど、やっぱり心配する必要なんてなかったな。
「あーあ、なんか真面目に悩んで損した気分だな」
空を仰ぎ、大きく伸びをした真人の顔が、さっきよりも晴れやかに見える。
そんな様子を見ているだけで、自然とニヤケてしまう自分がいた。