「で?お前はなに拗ねてんだ?」
「別に拗ねてねーよ!」
こんなのはいつものそうちゃんの冗談で、それは真人が一番よく分かっているはずなのに。真人はずっと顔をしかめたまま片足を軽く揺らしている。
真人がこんなふうにイライラした姿を分かりやすく表に出すのは珍しい。
心配するような、苦し気な表情で真人を見ている遥。きっと私も遥と同じような顔をしているんだろう、不穏な空気に心が落ち着かない。
「遥みたいに明確な夢があるわけでもなく、頭がいいだけの俺が東京の大学に通って、それでその後はなにか得られるのかなって、そう思っただけだ……」
ぼそぼそと消え入りそうな声で語った真人は、大人しくて中々友達ができなかった頃の真人に一瞬戻ったようだった。
「なんだよそれ。頭がいいだけって、自慢かよ」
誰がどう見たって真剣に心の内を話していた真人に対して、そうちゃんの言葉は乱暴だった。口を挟もうかと思ったけれど、そうちゃんのことだからなにも考えずに言ったわけではないのかもしれない。
「それだけ頭が良ければじゅうぶんだろ。その後のことなんてその時考えればいいじゃねーか」
「颯太はいいよな……」
また少し、真人の声のトーンが変わった。冗談や遊び半分ではなくて、本気で怒っている時の低さだ。
「は?なにがだよ」
「お前はやりたいことがないからって、一人だけ森美町に残るだろ!? それで悟朗さんのところで仕事を手伝って、今とほとんど変わらないじゃないか」
「だからなんだよ」
少しマズい空気だと思ったのは、遥も同じはずだ。私も遥も少し前のめりになり、いつでも止められる状態を作った。
「お気楽だって言ってんだよ! 将来のことを考えなくていいお前に、俺の気持ちなんて分かるはずないだろ!」
それは違う、そう言って立ち上がろうとした時、向かい側に座っているそうちゃんが右手を一瞬前に出し、私を制止するような素振りを見せた。だから私は立ち上がらずに、少しだけ上げた腰を元に戻す。