『犬飼くんが見てる(恐)』







「というわけで、『うたた寝に恋しき人を見てしより夢てふものは頼み初めてき』……この和歌の真意を理解するには、平安時代の人々が夢のことをどう考えていたのかを知る必要があります」


古典の三木先生が、流れるようにきれいな文字で、黒板に『夢についての考え方』と書いた。


お、なんだか面白そうな話だぞ。

と思って、あたしはノートの隅っこにそれを書き写す。


「じゃあ、林さんに訊きます。もし、あなたの夢に、高橋くんが出てきたら、あなたはどう思いますか?」


突然指名された、明るくて人気者の林さんが、嫌そうな表情で「えぇっ」と言った。


「先生、ありえないです! 私がバカ高橋なんかの夢見るなんて!」


するとお調子者の高橋くんが、「はぁ?失礼だぞ林!!」と怒鳴り返して、みんながどっと笑った。


先生がくすくす笑いながら言う。


「いま林さんが言ったのはつまり、高橋くんのことが好きなわけない、っていうことだよね?」

「もちろんですっ、こんなバカでガキなやつ!!」

「お前だってバカでガキじゃねえか!」


みんなが楽しそうに笑っている。

林さんと高橋くんは仲良しで、いつも元気に言い合いをしているので、よくみんなから「付き合っちゃえよ」なんてからかわれているのだ。


「現在では、誰かが夢に出てくるっていうことは、自分がその人のことを好きだというふうに考えられてますが、昔は逆だったんですよ」

「えっ、どーゆーこと?」

「つまりね、林さんの夢に高橋くんが出てきたってことは。高橋くんが林さんのことを好きで好きでたまらなくて、気持ちを抑えきれなくて、林さんの夢の中にまで会いに行った、ってことになるの」