「昨日、君の物語を読んで、白鳥の場面の最後の一枚を描き始めたよ」

 森下さんは、嬉しそうに頬をほんのり赤くして笑顔になった。

仲間のために自分の力を最大限に発揮して、そのがんばりが報むく
われた白鳥。

僕は彼に対する尊敬を込め、達成感に満ちた表情を描いた。うまくできたと思う。描き上げたとき、自分もこんな風になれたらな、と思った。


「いつもありがとう。でも最近夜も暑くて、大変だよね?」


「ううん、部屋の風通しがいいから、そんなに暑くないよ。
それに毎日すごく楽しく描かせてもらってる。こちらこそありがとう」

それは本心だった。今度はプラスの感情を伝えられたことに安堵する。

この、素直に言葉にできる感情とできない感情の差はなんなんだろう?


「シベリアとか書いちゃったから、大変じゃない?」

彼女は、申し訳なさそうに尋ねる。


「いや、全然。すんなり頭に浮かんだし、描きやすいよ。

でも不思議なんだ。僕はシベリアに行ったこともないし、
写真でも見た記憶がない。それなのにネットで画像を見てみたら、
僕の想像どおりだった」


「もしかしたら、日比野くんの記憶がない頃に見たのかな」


「そうかもね。そういう不思議な感覚って、結構あるよ。

例えばさ、僕の部屋にはなぜか分厚い医学の本があってね。

買った記憶も読んだ記憶もまったくないんだ。

小学生の頃の自分は、医者にでもなりたかったのかな」


「それは確かに不思議だね。

私もどうしてそんな本があるのか、気になるなあ」