「彼は、足手まといなんかじゃありません!」
 
男の子が職員室の前をとおりかかったとき、担任の先生の大きな声が聞こえてきま した。思わず男の子は、聞き耳を立てました。


「しかし、彼は何回やってもうまくとべないじゃありませんか。おかげで、先生のクラスの記録はちっとものびない。
ほかの組はもう百回をこえているというのに」
 
この声は、教頭先生の声でした。男の子のことを、けなしているようです。


「だからと言って、彼をはずすなんて、そんなことはできません!」
 
先生はそう言い返しました。

「私は、彼に『応援役をやらせてみては』と言っているのです。
応援だって、クラス にとって大切なことです。
はずすのではありません。
それに、『彼がいるから五年二 組の記録がのびない』と、おうちの方から苦情がきているのですよ」


「全員がとんでこその大なわとびだと思います。

彼ぬきでとんで、それでもし記録が のびて優勝したとして、彼やまわりの子どもたちは心からよろこぶことができるでしょうか。


そんなこと、できないと思います!」


先生の声は、ふるえていました。泣いているのです。
 



男の子も、むねがきゅうと苦しくなって、涙をこぼしました。

そして、頭の中には、ある映像がうかび上がりました。
 








あの、イルカです。
 

男の子は、夢の中で聞いたあの飼育員とイルカのことを思い出しました。
 


今の自分は、イルカと似ていると思ったのです。
 
ほんとうのところ、男の子は自分にはできるとは思えませんでした。

何度チャレン ジしてもとべなかったのですから。

あの女の子は男の子が自分を助けてくれたと言っていたけど、男の子はそのことをおぼえていないのですから。
 
でも、男の子はきめました。

できるという保証はないけれど、自分のためではなく、


あそこまで言ってくれる先生のためにがんばりたいと。
 


男の子は、前を向いて教室をめざしました。