しかし、あのゆびきりの約束は果たされることはなかった。
少し前に見た夢の中でも、同じような気持ちになったっけ。
約束をした公園に、女の子が現れなかったとき。
その後の夢で私は、病院で彼女と再会することができた。
彼女は私に隠していたけれど、ずっと病気だったのだ。
彼女が治るためには手術が必要で、成功率は高くはなかった。
それは、彼女が教えてくれる物語の展開と似ていた。
だからそこで私は、物語の男の子と同じ行動をしたのだと思う。
それは、勇気を出して一緒に戦うということ。
物語の中の男の子は、大縄跳び大会で優勝することを約束して、『一緒にがんばろう』と言った。
私は、サッカーの全国大会への切符を勝ち取ることを約束して、
女の子は、勇気を出して手術を受けることを約束した。
夢はその後数日で終わりを迎えた。
目が覚めたとき、
『今ので全ての夢が終わったんだな』
と確かな感覚があった。
そして、私の頬は涙に濡れていた。
それが、ちょうど入院してからもうすぐ一カ月が経過するというときだった。
現実での私は、一カ月間、病院で立樹くんが来るのをずっと待っていた。
しかし、彼は会いにこなかった。
彼が簡単に約束を破ったりするはずがない。
なにか、会いに来られない特別な事情があるんだと思った。
入院生活も初めのうちは
『いつ、立樹くんが会いにきてくれるかな』
とわくわくしていたけれど、その気分もだんだんと落ち込んでいった。
それに伴って、私の病状も悪化した。
病は気から、という言葉があるけれど、それは本当だと思った。
手術が必要になったけれど、受ける勇気が出せなくて、先送りにしていた。
それに、この手術で病気が治るわけではない。
ただ、危険な状態を脱するためのもの。
立樹くんと会うことができないのなら、生きていてもしょうがないとも思っていた。
そのうち私は、学校に通うこともできなくなった。
転校先の人たちが私をどう思っているのかは知る由もなかった。
そして、彼が今、元気でいるのかも。
私はだれかのノートを見るのがつらくなって、
それをお姉ちゃんに預けた。
お姉ちゃんは、
『とっても素敵な物語と、絵ね』と言ってくれた。
大事にとっておくから、また必要になったら言うのよ、とも。
私は、それからずっと病院で過ごした。
病室の窓から見える景色が、そのときの季
節を教えてくれた。
少しずつ伸びていく身長や髪も、私にゆっくりとした時間の流れを感じさせた。
加速装置も、もう現れない。
ーー立樹くん、元気かな。
あのときと変わらない、
優しい彼でいてくれているかな。
時折彼を思い出しては寂しい気持ちを募らせていった。
お姉ちゃんに絵本を預けてから、私はまた夢を見るようになった。
でも、その内容を覚えていない。
ただ、起きた瞬間の気持ちは、絵本を読んだあとの気持ちに似ていた。
物語に浸っていられたことの嬉しさ。
また、誰かを応援しているときのような気持
ちもあった。
今は自分が応援される側にいるような状況なのに。
そんな不思議な感覚だけが残っていた。
少なくとも、今まで見てきた男子高校生になる夢ではない。
その夢は、やはりもう終わったのだ。
そんなある日。
目が覚めた私はそばにいてくれたお母さんに、突然こんなことを言った。
ーー私、手術受けるよ。
お母さんは、突然の変化に驚いていたけれど、私が決心したことを喜んでくれた。
どうしていきなり手術を受ける気になったのかはわからないけれど、私はあとでこう思った。
きっと立樹くんが夢に出てきて私を励ましてくれたのだ、
と。
それ以外に、理由が思い浮かばなかった。
夢の内容も、覚えていられたらよかったのに。
手術は、無事に成功した。
このとき、私はもう中学生になる年齢だった。
その手術のあと、私にはさらに嬉しい報告があった。
お姉ちゃんが、結婚するというのだ。
それから月日は過ぎ、病院での生活は五年目に突入した。
お姉ちゃんは、結婚後すぐに子どもを授かり、かわいい男の子を出産した。
『かおる』と名付けられた甥っ子は、
すくすくと成長し、時々病院にいる私にも会いに来てくれた。
大きくなった彼の姿は、
私が夢の中で一緒に絵を描いていた男の子とよく似ていた。
そう思ったら、どうしてもあの物語をかおるくんに聞かせたくなった。
私はお姉ちゃんに頼んで、預けたノートを病院に持ってきてもらい、病室でかおるくんに物語を読み聞かせた。
かおるくんは立樹くんの描いた絵を
「すごくきれい!」
と言って気に入ってくれたことが嬉しくて、
私は彼に「これ、かおるくんが持ってて」と言って渡した。
かおるくんは「いいの?」と跳び上がって喜んでくれた。
お姉ちゃんの話によると、
そのあとかおるくんは立樹くんのように絵を描くのにはまったようだ。
私はというと、
病室で絵本を読んだり物語を書いてばかりいたせいか、視力が落ちてゆき、眼鏡をかけるようになった。
眼鏡をかけてから初めて鏡を見たとき、
私は自分の目を疑った。
「え……」
トイレの鏡に映る自分の顔には見覚えがあった。
彼女だ。
私が夢の中で会っていた女の子に、そっくりだった。
というより、彼女そのものだった。