次の日、朝練を終えて教室に戻ると、ちょうど森下さんが登校し、鞄の中身を机に入れているところだった。

「おはよう」

「おはよう、日比野くん」

朝の挨拶をするのはいつもどおり。ただ、おはようのあとに名前を呼ばれたのは初めてだ。そういえば、昨日公園で会ったときも「日比野くん」と呼ばれていたことを思い出す。

「昨日は、急にごめんね」

少し顔を赤くして彼女は言う。昨日、僕に絵を描いてほしいと頼んだあとも、距離が近づいていることに気付いて、慌てて離れてからそんな表情になっていたな。

「ううん。いろいろびっくりしたけど、嬉しかった」

素直にそう伝えると、彼女は嬉しそうに一冊のノートを鞄から取り出して、周りに誰もいないのを確認してから僕に差し出した。その行動から、このノートは学校では開いてほしくないという彼女の意図を察する。

僕はノートを受け取り、そっと鞄に入れた。それを確認してから、彼女は口を開く。

「それね、全部は書いてないの。話は考えてるんだけど、少しずつ読んで、少しずつ描いてもらおうと思って。見開き一ページにつきひとつの絵っていうイメージで書いていくつもり。絵本だけど、対象年齢は少し高め。小学校の高学年くらいかな」

「わかった。構図の指定とかはある?」

「しない。日比野くんが読んで、頭に浮かんだものをそのまま描いて」

「えっ!」

それは意外だった。絵本を描きたいと思っているからには、絵の構図の指定はされるものだと思っていたから。どんな視点で、なにを、どこに、どのくらいの大きさで、どんな色で描けばいいのか、彼女は全部僕に任せると言っている。

「……それでいいの?」

「うん。そのほうが、日比野くんらしい絵になると思うから。部活も忙しいだろうから、日比野くんのペースでゆっくり描いて」

「わかった。とりあえずやってみるよ」

僕は、うまく描けるか不安に思ったけれど、自分らしい絵を描いてほしいと言われたことが嬉しかった。

――とにかくがんばろう。森下さんがどんな話を書くのかはわからないけれど、彼女の作品に見合う絵を描くんだ。

僕はそう思った。