声をかけられた日から、僕は彼女の存在を意識するようになった。けれど彼女のほうはそれまでと変わらず、僕があんな態度をとってしまったこともあまり気にしていないようだった。

今回のことで、彼女は、積極的に人に話しかけたりはしないけど、困っている人を無視したりはしない人だということがわかった。

それは、見返りを求めない優しさだと思う。声色から緊張していることが伝わってきたけれど、親切をすること自体は彼女にとって自然な行動なのだろう。

彼女は僕のことをプラスにもマイナスにも捉えていないように思えた。そんな森下さんの隣は、なぜだか居心地がよかった。

改めて意識して彼女を見ると、気がついたことがいくつかある。

まず、髪の毛。やわらかくふわふわとしたくせっ毛は、茶色っぽい。セミロングのそれは肩に当たって外側にはねていた。

次に、背丈。平均よりも低いんだと気付いた。座っている僕の横を彼女が横切ったとき、反射的に顔を上げた。すると、目の高さにあったのは、彼女の後頭部だった。

最後に、笑った顔。彼女は、いつでもほんのりと赤く染まった頬を持ち上げ、目を細めながら「ふふっ」と小さく笑う。幼い子どもが、サンタクロースからのプレゼントだとか遊園地に行くことを楽しみにしながら笑っているような、幼さを残しながらも温かみのある笑い方だと思った。

気が付いたといっても大したものじゃない。きっとほかの誰でも気が付くことだろう。でも、僕にとってこんな風に女の子を意識するのは初めての感覚だった。

そんないくつかのことに気付いたあとでも、僕たちの間には特に会話はない。ただあのとき彼女の厚こう意いを断ってしまったことを謝り、そしてありがとうと言いたい気持ちを抱えながら僕は過ごしていた。