太陽光にあたって熱くなった石と、木陰のおかげで冷たいままの石の温度を比べながら、僕はゆっくりと橘を見た。
「……ああ、そうだな」
「私、みんなに〝ちとせ〟って呼ばれてるから、なんか新鮮でさ」
「ああ、まあ、そうだな」
「春瀬、私の名前知ってた?」
「知ってるよ、それくらい」
「……ねえ、春瀬のことさ、名前で呼んでもいい?」
「は? 名前で、って……」
「〝ひかる〟って、呼んでもいい?」
ドクリ、と。全身を駆け巡る血が一瞬止まったかのような錯覚に陥る。湿った手のひらは一瞬にしてより一層汗をかいたような気がした。
———春瀬 光(はるせ ひかる)。
それは僕の名前なんだけれど、大抵の人———といっても僕の名前を呼ぶのなんて教師か委員長くらいなんだけれど———は苗字で呼ぶから、正直他人に下の名前を記憶されているなんて思いもしなかった。
光と書いてひかる、だなんて。似合わないにもほどがあるだろう、と、思う。
「……春瀬にして。その名前嫌いなんだ」
「嫌い?」
「……ああ、その名前、嫌いなんだ」
「ふうん……」
我ながら子供だと思う。けれど、正直名前については触れて欲しくなかった。光、ひかる、ヒカル。それは、この世界で一番、僕に似合わない言葉だと思う。聞くたびに、呼ばれるたびに、胸の奥がざわついて仕方なかった。