さすがに彼も驚いたのか一瞬身体が硬直していたが、嫌いなわけではないのだろう、謝る飼い主に笑顔で接している。
飼い主の女性は、謝りながらも声が橙色だ。喜んでいるらしい。
しかし茶色の犬は仮一ノ瀬くんが相手してくれないと悟ったのか、なぜか今度は私のほうへと激突した。
私のブーツを必死に嗅ぐ姿は、結構かわいい。
くさくて申し訳ない……いや犬はそのほうが好きだったか。
とりあえず猫撫で声で必死にアピールしてくる姿は愛らしかったし、犬は好きだし、仮一ノ瀬くんには無視されてたし、ひと撫でぐらいしてやろうとしゃがんでみる。
しかし犬なのに猫撫で声とは。
君の鳴き声が見えないのは、ちょっとさみしい、かもしれない。
撫でようかな、と手を出しかけたとき、犬のリードがぐっと引っ張られた。
首輪が斜めに持ち上がる。
冷静に考えれば他人の犬を勝手に撫でるのも失礼か、と目だけ見つめてから顔を上げた。
「かわいいですね」
無言もな、と挨拶のように無難な言葉を選んでみた、つもり。
飼い主の女性は、にっこり笑っていた。
「あら、ありがとう」
ただしその声は、黄色だった。
反射的に顔を背けてしまう。口の中が酸っぱい。
見るんじゃなかった言うんじゃなかった。失礼な奴のままいれば良かった。
他人と会話することを嫌がってるくせに、捨てきれない自分が情けない。
まだ目の前にいた小型犬が小さく鳴いた。
私の膝に鼻を近づけようとしたところで、飼い主が強く引っ張っていく。
何か仮一ノ瀬くんに言っていたようだけど、耳が拒否していた。
立ち上がらなきゃ、そう思うのに足に力が入らない。
もらった缶コーヒーが、指先をゆっくりと冷やしていく気がした。
「大丈夫?」
仮一ノ瀬くんが屈んだ気配がする。
大丈夫じゃない。私は今とても自分を恨んでいる。浅はかで馬鹿な自分を。
それでもこのままではいけない。
と思って立ち上がろうとしたら、急に仮一ノ瀬くんが顔を覗き込んできた。
いきなりの接近に息がつまる。
「だい、じょうぶ。ちょっと目眩がしただけです」
やっぱり、一ノ瀬くんだと思った。
決定的な何かがあるわけじゃない。
でもこういうときの動きとか、目元とか、私の覚えている一ノ瀬くんそのままだった。
違うのは、その瞳。
どこまでも透明に……言い換えれば熱のない、硝子みたいな瞳。
その目に見つめられると、何故か身体がすくむ。
「どこか座る?」
その問いには首を振った。
座るところに移動するほうが嫌だ。
そこにはきっと、たくさんの人がいて、たくさんの声の色があるから。
飼い主の女性は、謝りながらも声が橙色だ。喜んでいるらしい。
しかし茶色の犬は仮一ノ瀬くんが相手してくれないと悟ったのか、なぜか今度は私のほうへと激突した。
私のブーツを必死に嗅ぐ姿は、結構かわいい。
くさくて申し訳ない……いや犬はそのほうが好きだったか。
とりあえず猫撫で声で必死にアピールしてくる姿は愛らしかったし、犬は好きだし、仮一ノ瀬くんには無視されてたし、ひと撫でぐらいしてやろうとしゃがんでみる。
しかし犬なのに猫撫で声とは。
君の鳴き声が見えないのは、ちょっとさみしい、かもしれない。
撫でようかな、と手を出しかけたとき、犬のリードがぐっと引っ張られた。
首輪が斜めに持ち上がる。
冷静に考えれば他人の犬を勝手に撫でるのも失礼か、と目だけ見つめてから顔を上げた。
「かわいいですね」
無言もな、と挨拶のように無難な言葉を選んでみた、つもり。
飼い主の女性は、にっこり笑っていた。
「あら、ありがとう」
ただしその声は、黄色だった。
反射的に顔を背けてしまう。口の中が酸っぱい。
見るんじゃなかった言うんじゃなかった。失礼な奴のままいれば良かった。
他人と会話することを嫌がってるくせに、捨てきれない自分が情けない。
まだ目の前にいた小型犬が小さく鳴いた。
私の膝に鼻を近づけようとしたところで、飼い主が強く引っ張っていく。
何か仮一ノ瀬くんに言っていたようだけど、耳が拒否していた。
立ち上がらなきゃ、そう思うのに足に力が入らない。
もらった缶コーヒーが、指先をゆっくりと冷やしていく気がした。
「大丈夫?」
仮一ノ瀬くんが屈んだ気配がする。
大丈夫じゃない。私は今とても自分を恨んでいる。浅はかで馬鹿な自分を。
それでもこのままではいけない。
と思って立ち上がろうとしたら、急に仮一ノ瀬くんが顔を覗き込んできた。
いきなりの接近に息がつまる。
「だい、じょうぶ。ちょっと目眩がしただけです」
やっぱり、一ノ瀬くんだと思った。
決定的な何かがあるわけじゃない。
でもこういうときの動きとか、目元とか、私の覚えている一ノ瀬くんそのままだった。
違うのは、その瞳。
どこまでも透明に……言い換えれば熱のない、硝子みたいな瞳。
その目に見つめられると、何故か身体がすくむ。
「どこか座る?」
その問いには首を振った。
座るところに移動するほうが嫌だ。
そこにはきっと、たくさんの人がいて、たくさんの声の色があるから。