「君がどうして俺のことを死にたがってると思ったのかはわからないけれど、いい線ついてるよ」
 
どこまでも嘘っぽい。
でも逆にその軽さが真実味を帯びている気がしてならない。

そして馬鹿じゃねえの、って一蹴できないのは、きっと私もひとには理解されないものを持っているからかもしれない。
 

そう、他人に言ったところで、信じてもらえない。
そこに気づくと、胸の締めつけがすこし緩んだ。
今のうちにと深く息を吸う。冷たい空気が肺に入ると、指先や爪先まで、目が覚めたように力が入った。


「いい線ついてるよ、って軽すぎでしょう」
ようやくまともな反論ができたけれど、足下はふわふわとしていた。
「他につっこむところはたくさんあるでしょう」
 
しかし私のことばは彼の笑いを誘っただけだった。
確かにそうなんだけれど、ここまでくると大本より細かいところが気になる質なのだ、たぶん。

「君は、俺が言っていることを疑ったりしない?」
「信じてるとか疑ってるとか以前に、意味がわからない」
「なるほど、そうくるか」
 
なにがそうくるか、なのだろう。
このひとは感覚がずれてるのだろうか。いや私もひとのことは言えないけれど。

それともあえてふざけた態度を見せているのだろうか。
そのほうが私は気持ちがわかる。


「つまり、あなたは一ノ瀬くんじゃない、ってこと?」
どう総括していいかに迷って、質問形式になってしまった。
確認だから間違っちゃいない。
彼も頷いてにっこりと笑った。

「そう、身体は湊なんだけれどね。中身が違う」
「コーヒーの缶にジュースが入ってるわけね」
「飲み込みが早いね。そしてたとえがうまい」
 
感心している場合じゃないだろう。
だんだんと、記憶の中の一ノ瀬くんと乖離していく。
昨日は一ノ瀬くんらしいと思ったのに。私の目と記憶も適当らしい。
 

でも、それならなんとなく、彼の声に色がないことに説明がつく気がした。
元々、スピーカーを通した音に色はない。
彼の場合、一ノ瀬くんの身体を使って、自分のことばを発している、という状況だろうか。


「どうして」
自分のいい加減さに多少がっかりしながら川を見た。
幅の広い川は、割と透明度が高い。とめどなく流れゆくさまを見て、方丈記を思い出した。
行く川のながれは絶えずして。