私の疑問が届いてしまったのか、答えないことに痺れを切らしたのか、一ノ瀬くんがふっと笑った。
良い意味でとても力が抜けたような、さりげない微笑みだった。


「君も見ていたかもしれないけれど、さっき、俺は誰かと喋っていたでしょう?」
うん、と答えていいのか迷ってしまって、やっぱりだんまりのままになってしまう。
一ノ瀬くんは意に介した様子はなく、微かな笑みを浮かべたままだ。

「あれさ、幽霊」
「……は?」
「この身体、幽霊が見えるみたいなんだよね」
 
いきなりな発言に、思わず間抜けな声が出てしまった。
幽霊というのはあの、死んだ人間が未練だかなんだか残してさまようあれか。
テレビでたまにホラー映像特集とか霊能者に呼び出されてるあれか。
 

今、一ノ瀬くんの声に色が見えたら発言の真偽がわかるのに。
そう思って頭を振る。こんな変な能力に頼ろうとするな、私。


「嘘だって思ってるでしょう」
幽霊とか宇宙人とか超常現象とか信じてない。
くわえて一ノ瀬くんのそのふわっとした軽さに、真実味を全く感じられなかった。

この身体は幽霊が見える、だなんてあっさり告白する人間がいるだろうか。
 

そこでまたしても、妙な言い回しをしていることに気がつく。

「まあ気持ちわかるよ。俺だってそういうの信じてなかったし」
どうして自分のことなのにそんなに他人行儀なんだろう。
彼の顔を見てしまう。軽い口調にふんわりした笑顔。
どういう心情なのか、全然読めない。
 

すっ、と彼の透明な瞳が細められた。
空を仰いで深呼吸をする音が聞こえてくる。


「死のうとしてるんじゃない。もう死んでるんだ」
 
そのことばは、異常なほどに真っ直ぐなきれいな音で、私に届いた。
風が吹き私の髪をさらう。冷えた風が、頬の温度を下げようとしていく。


「死んでる、って」
あまりの美しいシーンに、馬鹿なことを考える余裕すらなかった。
思わず口を出た死ということばも、現実味が薄い。

むせかえるほどのなにかがこの場所に充満しているような、得も言われぬ感情と空気が胸を締めつけてゆく。


「この身体は一ノ瀬湊」
一ノ瀬くんは変わらぬトーンでことばを続ける。
「だけど俺は、人見浪」
 

言っていることを理解しよう、という気力が湧かなかった。
ただただ目の前のことを身体が受け入れようとしていた。
変な感じだ。本当なら受け入れまいとしそうなものなのに。
彼は普通ではないことを言っているのだ。